第三十三歩


 {カランカラン}


 「いらっしゃいませ」


 扉を開けるとカウンター内でカップを手に取りキュッキュと磨き上げるダンディーな男性からの丁寧な挨拶。そう、ここは商店街にある老舗の喫茶店。

 

 店に入ると、先ずはそこそこ大きなバーカウンターがあり、その奥には幾つかのボックステーブルが並ぶ。内装はモダンで財閥の邸宅を思わせるクラッシックでゴージャスな造り。とはいえ、高校生の僕から見れば只の古臭い喫茶店にしか見えなかった。


 「あれ? 五平君じゃない? ここで会うだなんて珍しいね。それと……」


 入店早々カウンターに座る一人の不良……渋い男性から声がかかる。時代遅れな馬革から作られたフライトジャケットの中には白いTシャツ一枚のみで、ストレートの色落ちしたジーンズを履きこなすその男性は古き洋画の主人公と重なる。


 「あ、古屋さんどうも。今日はちょっと奥使わせてもらいますね」


 カウンターに座る男性とは僕達も知っている古屋さんであった。三河君の秘密へ密に関わる重要人物の一人でもある。


 「こんにちは古屋さん。旅行のとき以来ですね」


 「久しぶりってほど日にちは過ぎてないね。それにしても相変わらず伊良湖さんは礼儀正しいね」


 切り込み隊長の伊良湖委員長が先ずはご挨拶。

 次は我等が崇拝する教祖のあのお方。


 「こんにちは」


 「こんにちは笹島さん。キミは仕草も美しいんだね」


 サラリと交える誉め言葉を耳にし、満更でもなさそうに頬を染める笹島さん。自然と女を殺す古屋さんはどことなく三河君とダブる。


 「ちわーっす古屋先輩」


 「千賀君は今日も元気で男前だね」


 誉め言葉はなにも女性に限った事ではない。その証拠に千賀君もちょっぴり頬を赤くした。


 「は色々お世話になりました。」

 

 「キューちゃんは三河君に気に入られてるね。きっとこれから楽しいイベント目白押しだと思うよ」


 「キューちゃんて! そりゃ確かに三河君からはそう呼ばれてますけど、古屋さんまでキューちゃんて!」


 と聞いて五平先輩のコメカミ辺りにピクリと血管が浮き上がったのを僕は見逃さない。しかし古屋さんの手前、ぐっと怒りを堪えているのも伝わる。そりゃ彼のせいではないといえ、関係者からボロ雑巾にされたのだから腹の一つも立つのが本音。しかしガマンしなければならない状況となれば、古屋さんは五平先輩より相当立場が上?


 「でも大丈夫かい五平君? ここの喫茶店はなにかと目立つのでは? 達は商店街を通るとき、必ず確認するように店内を覗いていくからね」


 「は、はぁ。でも三河君が一緒じゃないから大丈夫かと」


 彼女って五平先輩の彼女?

 つか、あの人彼女なんているの?

 それに古屋さんは彼女と複数形を口にした。

 だいいち三河君がいないから大丈夫ってどういう意味なのだろう?

 そもそも今付けで呼んだけど、五平先輩って以前彼を舎弟って言ってたような?


 「なにせこの店はナイローブレッドから中が丸見えだからねぇ」


 「それは大丈夫だと思いますよ。マイ天使は喫茶店に僕がいると分かれば照れてこっちへ来ないと思いますから」


 「ククク、マイ天使ねぇ。五平君も言うようになったねぇ」


 そう言えば我が校にはナイローブレッドの娘が通学していると聞いたことがある。しかも顔面偏差値がかなり高く、相当に頭が切れるとも。もしかして五平先輩の彼女ってナイローブレッドの娘さんか?


 「そんなワケでちょっと奥の大テーブル借りますねー。……おいお前等! 挨拶済んだら行くぞ! 早くしろっ!」


 腰巾着から偉そうな政治家へと僕達に対する態度が急変する五平先輩。あからさま過ぎて最早何も言えない。

 

 それにしても三河君の関係者って個性的な人ばかりだなぁ。それに比べて僕なんて……トホホ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る