第三十二歩
「おつかれした!」
終了のチャイムと同時に疑似餌を追うバショウカジキのような超加速で教室を後にする三河君。余程学校が嫌なのか、それとも待ちきれないほどの何かが家で待っているのか。
「ねぇ伊歩ぅー! 帰ろ―っ!」
治村さんが笹島さんと一緒に帰るためにこちらへ向かってくると、それを見た伊良湖委員長がこんな提案をしてきた。
「ねぇ皆さん、今からお茶しませんか? 商店街にある喫茶店なんてどうでしょう? もちろん治村さん、アナタもご一緒で」
「サンセーッ! サンセーサンセーッ大サンセエェェェッ!」
喉から血が出るのではと思う程の大声で意思表明。結構面白い人だな千賀君は。もっとチャラくて近寄りがたいと思ってた。
「えぇーっ!? 今からって……どうする伊歩?」
「勿論私は参加で。あ、イヤなら芽衣は先帰って……」
「私も行くもん! それでなくとも旅行行かなかったせいで一人仲間外れみたいな感じになってるし!」
なんと正直なお方。自分以外の皆が仲良くしているのを気にしてたんだな。そりゃあんな目に遭えば嫌でも仲間意識が強くなるだろうし。
「いぃやっほおぉぉぅっ!」
あの燥ぎようを見るに千賀君は参加で間違いないな。そして僕は……
「熱田は先行って席確保しな。窓際の一番広い席な! ほら急げ!」
僕の意思は関係ないんだ。参加が当然なんだ。そりゃ特別用事なんてないけどさ、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょう?
「ちょっと芽衣! そんな言い方しちゃ熱田君が可哀想じゃない!?」
うぉっ!
笹島さんが僕を庇ってくれた!
天変地異の前触れか!?
「ゴメンね熱田君。芽衣も悪い子じゃないんだけれどね。それと私達も一緒に行くから」
ブラボー!
マジ笹島さん僕に気があるんじゃね?
付き合ってもいい宣言も実はマジってオチか!?
もしかして人生における幸せ時間が今ここに凝縮された?
歓喜に見舞われ妄想に次ぐ妄想で思考がはち切れそうとなったその時、事件は起きた。
「オラーッ!」
{ガラガラガラッ!}
突如として勢いよく開く後方の扉。同時にキモく虫唾の走るこの世の物とは思えない濁声が教室内へと響き渡る。
「あっ! 五平先輩!」
暴君来襲!
その形相は冥界を彷徨う魑魅魍魎よりも酷い!
「おい茶髪! そこのムカつき坊やを連れてこっちこいや!」
「えっ俺!? って、ムカつき坊やって熱田のこと?」
マジ意味が分かりません。同じく千賀君も戸惑っているようだし。
言われるがまま五平先輩のもとへ。どういったワケか、千賀君をはじめ、伊良湖委員長に治村さんと笹島さんも僕の後に続く。
「お前は関係ないからちょっとあっちいってろや」
シッシと野良犬でも追い払うようなしぐさを治村さんに向ける五平先輩。となればこのメンバーを見るからに、あの旅行のメンバーが目当て?
「お前たちに聞きたいことがある。ちょっと今から商店街の喫茶店へ付き合えや!」
偶然にも行先はこれから僕達が行こうとしていた喫茶店。それにしても貫禄があり、いろんな意味で恐怖を感じさせる先輩だ。僕達に聞きたいこととはいったい何なのだろうか?
「だーかーらーっ! あたしもいくぅぅぅぅぅぅっ!」
そしてこれ以上除け者にされたくない治村さんは、半泣きになりながら僕達一行へと着いてくるのであった。
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