第二章 フェイク
第三十一歩
キャンプから数日も過ぎた頃、同級生の間で妙な噂が立ち始めた。
”あの撃墜王が遂に迎撃された”
”相手はなんと同じクラスの冴えない君”
そう、撃墜王とは言い寄る男をこれまで全て撃ち落としてきた笹島さん。そして冴えない君とは、何を隠そうこの僕、熱田久二である。
三河君の秘密共有同盟を結んだ僕達は、次の日登校してからも机を寄せ合ってあーだこーだと作戦会議。或はそれ以外の身近な出来事や趣味などの他愛もないお喋りで空いた時間を埋め合っていた。
どうやらそれが他の生徒には嫉妬の対象となってしまったようなのだ。あまりにも仲が良すぎると。
決定的となったのは昨日の昼食時、三河君がよく弁当として持ってくる大量のナイローブレッドのメロンパンを、
「僕こんなに食べられないからキューちゃんにあげる」
と言って僕の口へ強引にねじ込む悪戯を仕掛けて来たのだが、押し込まれて涎のついた齧りかけのメロンパンを笹島さんが奪い取るようにして、
「だったら私が貰うから!」
と言って自らの愛らしいお口へと運び、全て平らげてしまったのである。
これには僕達キャンプ組も多少驚いたものの、既に秘密共有といった仲間意識を持っていたが為、それ以上気にかけることもなかった。
ところが間近でこれを見た治村さんの目には笹島さんのした行動が意外に映ったらしく、
「アンタ等仲良すぎじゃない? もう熱田と付き合っちゃえば?」
などと冷やかしてきたのだ。
その言葉に吹っ切れたと思った笹島さんを好きな感情が再び湧き上がり、動揺して気の利いた言葉も思いつかなくアタフタしたその時だった。
「あ、別にそれいいかも。ね、熱田君?」
笹島さんは僕に向かってウインクしながらそう言ったのだ。
一瞬唖然としたが、すぐにこれは演技だと確信した。なぜならキャンプからの帰りの車内で男子生徒からの告白攻撃をどうすれば無くせるのだろうと彼女から相談を受けていたのだ。きっと僕と付き合ってることにすれば鬱陶しいイベントを回避できると考えたに違いない。
しかし、この男は違った。
「フ、フザケンナよ熱田! 俺達同盟結んだじゃないかよ!? 笹島さんも冗談だと言ってくれよ!」
相談場所へ同席していたはずの千賀君だったが、あまりの衝撃に脳みそが蒸発して無くなったらしくガチの勘違い。思いのほか彼はダメダメだったのだ。しかし察しのいい伊良湖委員長が学習塾の講師バリに、既に半分以上消えてなくなった彼の脳へ分かりやすく丁寧な説明をする。
しかも周りを気にすることなく千賀君の耳へ直接口を持って行ってヒソヒソボソボソ内緒話方式を活用したから、今度はこれを見ていた海道君がこう言い放った。
「なに千賀? お前伊良湖と付き合ってんの? 耳にチューなんてしてもらいやがって?」
直ぐに千賀君は否定しようとしたみたいだが、これに待ったをかけたのはなんと笹島さん。
「もしかしたらと思ってたけど、やっぱり二人は付き合ってたんだ。私達もがんばろーね熱田君」
これまたウインクしての爆弾発言。
先程と同じ様に僕と伊良湖委員長はその発言の趣旨を理解したが、説明を受けたはずの千賀君だけは納得できたような出来ないようなモヤモヤ顔。
そんな僕達を見て三河君はこう言った。
「おめでとう君達。そしてようこそ恋愛と言う名のアリジゴクへ。グッフッフ、これから色々と苦しめ若人よ」
この言葉にどんな意味が込められているのか分からなかったが、ニヤニヤする三河君の顔を見るとなんだか僕達も笑わずにいられなかった。……事情の分からない治村さんを除いて。
「まぁあれだ。三河のクラスメイトとなったのを呪うことだな。頑張れとしか言いようがないわな」
海道君は三河君の口にした言葉を大凡理解しているらしく、僕達へ向かってエールを送る。きっと昨年は彼が三河君に翻弄されたのだろう。いや、被害者だったに違いない。でなければこうも瞬時に察するなど出来ないはず。
そしてこれにより、僕と千賀君はクラス中の男子を敵に回したとは、この時まだ知る由も無かったのであった。同時に噂が事実となった瞬間でもあった。
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