第二十九歩
昨晩の荒々しい出来事から一夜明け、常世田さんが用意してくれたホテル顔負けの朝食を今度は幽霊のヤキさんも交えて和気藹々と頂く中、只一人様子の違う人物の姿があった。
「そろそろ警戒心を解いてもいいんじゃないのヤキ」
「……まだまだ油断なりませんわ旦那様。彼は私を手籠めにしようとしたあの人と同じ匂いがプンプンしますもの」
どうやら千賀君の目にはまだ本当のヤキさんの姿が写っていないらしい。ロールプレイングゲームの中で墓場辺りから這い出てくるスケルトンにでも見えるのだろうか。
「そ、それにしてもヤキさんはお綺麗ですね。まるで昨日の姿が嘘みたい」
「……あら? いつでも本当の姿へ戻れますことよ?」
「!」
伊良湖委員長の顔から見る見る血の気が引いてゆく。
{ガチャガチャン!}
テーブルにある自分の飲み物をひっくり返したかと思ったら、遂には椅子から落ちて気絶してしまった。
同時にあの姿を見せられたのだなと理解した。
「……あらあらあら、まだまだお子様ですこと」
すぐさま伊良湖委員長のもとへ駆け寄り抱きかかえると、彼女の状況を伺いつつ介抱をする三河君。的確な状況判断と緊急時における素早い行動の彼に今更ながら舌を巻く。
「あんま虐めるなよヤキ。お前がそんなんだと嫌でも僕と女子生徒の距離が近くなるじゃんか。それにもし怪我でもさせたら許さないからね」
「……すみません。旦那様へ直接触れられることへの嫉妬からついやり過ぎてしまいました」
別に伊良湖委員長は三河君へ触れてないんだけれど……?
もしかして”近づくな小童め!”的な牽制なのかな?
「そ、それにしても熱田君は見かけによらずキモが座っているのね。ヤ、ヤキさんを怖がるどころか全然平気そう」
「僕はキレイなヤキさんしか知らないから……」
現時点では、この場にいる僕のみ本当の姿を未だ見せられていない。それにしても皆のあの姿を見るに、ヤキさんの怨霊バージョンは相当なものだと分かる。僕としてはこの先もずっとキレイバージョンで接してほしいと切に願う。
「あの姿を見ればきっと熱田君も……」
「……あら笹島さん、あなたももう一度その姿を……」
「だからヤキ! 僕の言ってるのはそーゆーことだよ!? まったく……同性には厳しいんだからもうっ!」
千賀君はヤキさんから見れば異性なのに厳しくあたられている。別に悪い人ではないが、見かけがチャラいってだけで毛嫌いされているようだ。
先ほどまであれほど楽しかった朝食会がお通夜となってしまった。
誰もが口を閉ざし、ただ咀嚼するだけのマシーンと化したなか、漸く待ちに待った救世主の登場。
「おはようみんな。昨日は楽しかったかい?」
「おはようおっさんさん、この有様見てよ!」
古屋さん率いるおっさんズの登場である。
「これはどうしたことだい少年? 全員亡霊でも見たかのような顔をして?」
その通りです豊川さん。全員亡霊を見た、いえ、強制的に見させられたのです。僕以外は……。
「ククク、ヤキさんが暴れ回ったようだね」
「……あら古屋様、お望みならばこれからは本当の姿でお逢いしても宜しいですのよ?」
ニヤけた顔がトレードマークのような古屋さんから瞬時に消える笑い。それだけで相当に恐ろしい姿だと分かる。僕は本当にラッキーだ。
「か、勘弁してよヤキさん。手を焼くのは女子大生二人組でお腹一杯だから」
「……ホホホ、そうですね。古屋様のことなら矢田さんと仙堂さんのお二人にお任せすれば宜しいですものね」
「ちょっと助けてよ三河君」
女子大生の矢田さんと仙堂さんは本当の姿となったヤキさんより余程恐ろしいのか、眉間に数えきれないほどのシワを寄せる古屋さん。顔から笑みが消えるどころの騒ぎではない。
「おっさんさんが余計なこと言うから豊川のじいさんと比津真社長が不思議な顔してるじゃんか」
「そうはいってもだね……」
「ささ、みんな揃ったんでもう一度朝ごはんのやり直しをしよう!」
結局豊川社長と比津真社長には真実が語られないまま、全員での朝食会がリスタート。起きてそれ程時間が経っていないのにもう疲れてへとへとの僕だった。
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