第二十八歩
「まさかヤキがここまでするとは思わなかったよ」
三河君は震えて怯える常世田さんに向かって話し掛ける。
しかしよく見ると、視線は少しだけ彼女から外れていた。
「なるほど、弟子に命じられたのか。僕に近づく女がいたなら容赦なく恐怖のどん底へ叩き落とせって」
尚も三河君は話を続ける。まるでそこに誰かいる様に……いや、確実にいるであろう誰かに向かって。
「だけどさぁ。全員ビビらせなくともよくない? イケメン君なんて男だから僕に悪さしようがないじゃん」
常世田さんにもその誰かが見えているのか、視線は三河君と同じ方向へと向けられていた。
「ヤキはやって良い事と悪い事の分別が出来ていると思ってたのに……あのサキュバス達に毒されたのかねまったくもう」
「…………ません」
あれ?
今三河君以外の声が?
「……二度と旦那様に隠し事は致しませんからお許しください」
「別に全部言えってんじゃないんだよ。弟子が悪だくみした時だけでいいし」
聞こえたぞ!
三河君でも常世田さんでもない別の誰かの声が!
その後も姑の説教じみた嫌味をグチグチグチグチと。
蚊帳の外にいる僕でさえも飽きてきたころだった。
「あっ!」
これまではなんとなーく白いモヤがあるなぁぐらいにしか見えなかったのが、どんどん形を成して、遂にはこの僕でもハッキリ認識できるまでとなった。
年齢は二十歳ぐらいで赤いワンピースを着た、ありえないほどに色白でツヤツヤ輝く黒髪の女性。その表情はどこか陰があり、それがまた男のドツボにすっぽりハマる。言葉で表すならば”美しい”、その一言に尽きる。
「あー、キューちゃんにも見えるようになっちゃったか。ならこっち来なよ。紹介するから」
口をぽかんと開け、間抜け宛らの僕の表情を見て三河君は全て悟る。我に返り呼ばれたままに足を進めた。
「こいつはね、ヤキって言って、僕に憑りついてる幽霊なんだよ。四六時中一緒にいるから普通に存在すると勘違いしてつい話し掛けちゃうんだ。でも、他の人には見えないから気を付けてね。頭のおかしいヤツが独り言を言ってると勘違いされるから」
「……初めまして熱田君。本当は旦那様と同じクラスになってからずっとお逢いしてますけどね」
「あ……え、えっと……は、初めまして! 熱田久二と言います! よ、宜しくお願いします!」
美人から声を掛けられ動揺しまくりの醜態を晒す。笹島さんも綺麗だけど、このヤキさんは完成された美しさがある。まさか魅了されたのでは?
「アハハ! キューちゃんは正直だなぁ。ヤキは美人だもんね」
「……まぁ旦那様ったら」
それにしても仲が良いなぁ。ヤキさんも三河君を旦那様と呼ぶし、まさか本当に結婚してるとか?
「あ、でもそれならば何故にみんな怯えたり気絶してるの? ヤキさんキレイだから怯えることはあっても気絶したり、まして悲鳴を上げるなど……」
そうなのだ。僕とて幽霊などといった非科学的な存在には確かに恐怖を覚える。しかし彼女の姿を見るに、暗闇でバッタリ出会うなどのシチュエーションでなければそれ程怖さを感じない。現に今もそんな感情がまったく湧かないのである。
「それはあれだよ。ヤキの発見された当時の姿を見たからだよ。ほらヤキ、キューちゃんにも見せてあげな」
「……い、嫌ですわ。せっかく美しいと褒めて下さるお人へわざわざ嫌われる姿をヤキはお見せしたくありません。逆に先程までは恐れられる為にああしてたんですから私の本意ではありません」
「相変わらず乙女だな。弟子は帰ったらお説教だな」
それから三河君は僕に手伝いを頼むと全員を起し、リビングに集めて今回の説明をしてくれた。
ヤキさんが事故で亡くなりその亡骸を発見したこと、
その発見された当時の骸の姿を他の全員が見せられたこと。
ヤキさんはヤキさんで三河君がどちらの姿でも区別することなく人間扱いしてくれたことに感激を受け、その生涯を彼へ尽くすと誓ったこと。
それにどの道僕らは彼女を見ることとなったそうだ。三河君と接する機会が多くなれば自ずと霊感が発達するのか見えるようになるらしいし。
だから古屋さんや海道君はヤキさんの存在を認識しているそうだ。
そして笹島さんが三河君と出会った当時、なんとなく見えていた白いモヤはヤキさん本人だったそうだ。中途半端な霊感があったせいで既に意識していたとのこと。
他にも色々教えてくれたけど、なぜか弟子と呼ばれる人物のことだけは教えてくれなかった。
ヤキさんに聞いても同じで、その口は堅く閉ざされていた。
弟子って誰のことだよもう!
余計気になるじゃないか!
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