第二十三歩


 {ブオォォォォォッ}


 露天風呂手前にある脱衣所の扉を開けると、洗面に備え付けられた大きな鏡台の前で笹島さんの髪の毛へドライヤーをあてるインチキ美容師の三河君が目に入った。


 「お客さま、痒いところはございませんか?」


 「ウフフフ」


 それはまるで、長年連れ添ったとても仲のいい夫婦。


 {ブオオオオオオオッ!}


 「熱いっ!」


 壊れているのか、時々風圧が最強となるドライヤー。決まってその向きは、笹島さんの顔面真正面。


 「ゴメンゴメン。悪ふざけばっかりしてさ……」


 悪ふざけは君の方だろ三河君?

 冗談はその女の口説き方だけにしなよ?


 「あ、ところでキューちゃんは何しに来たの? もしかしてライブの裸でも覗きに来たとか?」


 笹島さんの顔が一瞬雪女よりも冷酷な表情へと変化したのが鏡越しに見えた。熱田イコール汚物認定の瞬間。


 「ち、ちがうよ三河君、何言ってるんだよ? 僕は常世田さんの服を取りに来たんだ」


 「そういえば合成飛び出していったなー。ほぼ全裸で」


 三河君の言葉で先程の濃艶バディな常世田さんを思い出し、つい締まりのない顔をしてしまった。


 「ワハハ! 見てごらんよライブ! キューちゃんが一人用のテントを張ってるよ!」


 再び鏡越しに笹島さんへ目を向けると、彼女は凍てつく波動を瞳から放って来た。

 あれ?

 まてよ?

 よく考えたら彼女に睨まれる筋合いなんてないのでは?

 別に付き合ってる訳でもないし。


 「け、健全な青少年だからそりゃま、多少はね」


 言ってやった。

 もうどうでもいいや。

 グッバイ笹島さん!


 「言うねーキューちゃん! そういうノリは大好物だよ!」


 そもそもだ、三河君に髪を乾かしてもらっている笹島さんだっておかしくないか?

 自分達がイチャイチャしているのを棚に上げ、僕が女性の裸を思い浮かべるとバイキンでも見るような目で見るって、それは違うんじゃない?


 「合成の服は棚にある籠へ全部入ってると思うよー。その前で脱いでたから」


 「あ。ありがとう三河君。これが常世田さんの服……!?」


 ちょっと待て!

 常世田さんがここで脱いでいたと三河君はハッキリ言ったぞ?

 つまり、彼女の脱衣を一部始終見ていた?


 「一緒にお風呂入るつもりだったんだよ。ライブの体を温める為に風呂へ入れようとしたんだけどさ、合成のヤツ、服を着たまま温泉の中へ入ろうとしたんだ。そんなの温泉奉行の僕が許すはずも無く、”脱衣所で全部脱いでこい”って雷を落としてやったんだよ」


 お風呂へ一緒に入る?

 頭がおかしいのだろうかこの男は?


 「だけど風呂場を飛び出したのは別の理由なんだけどね……」


 なにか意味ありげに語る三河君のその顔は、どことなく寂しさが滲み出たようにも見えた。そして僕の心も同じように……。

 もう一度言おう。

 グッバイ笹島さん、グッバイ僕の初恋。


 「んじゃ僕の用事はこれだけだから、リビングへ戻るね」


 「あいよー! 僕達もすぐに行くよー」


 キャッキャウフフと戯れる三河君と笹島さんを後に、僕は涙ぐみながら脱衣所を出て行った。この手にまだ温もりの残った常世田さんの衣服と共に……ってかブラジャーもあるじゃんか!


 「うゎおっ! 大ラッキーっ!」


 三河君が(タブン)二人の女性と入浴したことなどすっかり忘れた僕は、脳の全領域をエロエロアザラシが完全に支配。大きく上げたその右手には、狩りで仕留めた獲物の如く常世田さんのブラジャーが握られていた。

 

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