第二十一歩
ロッジに備え付けてある釣り具を常世田さんから借りて釣りをすること既に四時間、誰一人として魚の姿を見る者はいない。
「別に釣れなくてもいいんだよ。みんなとこうしてワイワイ楽しくやるのが目的だから」
負け惜しみだ。それならば釣りなど早々にやめて違うことをすればいいのだが、当の三河君はあちらこちらへ丁寧に探りを入れての本気モード。釣る気満々ではないか?
「今日はダメですね。それに今回狙うイワナやヤマメは非常に警戒心が強く、同じ場所へ何回もエサを投入したりすると罠だって見破っちゃうんですよ。皆でワイワイと楽しむ釣りではないですね」
キャンプのエキスパート、伊良湖委員長師範の御尤もなご意見。まぁ、僕としては殺生しなくて済むからその方がありがたいんだけれど。
「それにしても笹島さんって結構積極的ですよね。昼の爆弾発言以来ずっと三河君へベッタリ張り付いて……」
伊良湖委員長の言う通り、僕としてもそこは意外だった。中学からずっとウォッチングしているが、する事なす事上品で、男子生徒とは一定の距離を置くのが彼女の信条だと思っていた。別の言い方をすれば、男に対しての警戒心が非常に強い。毎度毎度告白されてばかりで当然と言えば当然かも。
「おいライブ! 押すんじゃな……うわっ!」
それがどうだ?
隙だらけで距離感もなにもあったものではない程に近づいているではないか?
「ご、ごめんなさい三河君。ビシャビシャになっちゃって……」
「ユーも道連れだ! それっ!」
現に今も三河君に抱き着かれて……抱きつかれて!?
三河君は魚などどうでもよく、実は笹島さんを釣ろうとしていたんじゃないか?
てか、現に釣り上げたし……。
川ですっ転びベタベタになった体で彼女に抱き着いたのはいいが、石の上といった不安定な足元だったせいでそのまま笹島さんもろとも再び水の中へドボンとはまる三河君。
「やり過ぎちゃったかな? おーいイケメン君! ちょっと合成へ連絡とって!」
ずぶ濡れの笹島さんをお姫様抱っこしたダダ濡れの三河君は大声で叫びながらこちらへ戻ってくる。
「へっ!? あ、ああ分かったよ!」
動揺しながらも忠実に彼の言いつけを実行に移す姿を見るに、例えるなら千賀君は忠犬ガイ公といったところか?
「ほら見て熱田君、笹島さんも大胆ですね。両腕を彼の首に回して頬と頬がくっついちゃってますよ? そのままキスしてもなんら不思議のない体制ですよね」
「なに!?」
マジだった。
あの男子生徒キラーだった笹島伊歩はもうここにはいない。
ヒットマン三河にハートを撃ち抜かれて只の乙女に成り果てている。
初恋は実らないと改めて思い知らされた瞬間が今ここに!
「でも三河君は思いのほか素っ気ないですよね? 笹島さんといえば男子生徒憧れの的ですよね? そんな女の子に密着してもそれほど喜びを感じてないっていうか……」
そうなのだ。
僕や千賀君なら嬉しさのあまり失神でもしてしまいそうなのだが、三河君の場合、どうでもいいっていうか、寧ろめんどくさそう……いや、あれは怯えてる?
「あれ? なにか変ですね? 笹島さんの顔色がすぐれないような? 体調でも崩したのかな?」
確かに血の気が引いてドンドン顔色が悪くなっている。つい先ほどまで幸せそうな顔で三河君へ頬を寄せていたのにどうして?
「体調が悪くなるにしても急激過ぎだよね? 一体どうしたのかな?」
二人がもう少しで僕達のいる場所へ到着しそうなその時、常世田さんとの連絡を取りつけた千賀君はご主人三河様の下へ。ナイスタイミング!
「ありがとうイケメン君。ちょっとそのスマホ貸して……あっ!」
しかし千賀君は三河君へスマホを手渡す前に下へ落としてしまった。
なぜかって?
密着する二人の姿を改めて目の当たりにしたから当然だろう!
大好きな女性が違う男の腕に抱かれていたら誰でも同じ反応するに決まっているし!
憎さ飛び越え羨ましさをも突き破り、ついにはその爪の垢でも煎じて飲ませてほしいよ頼みますからお願いします三河君ってば!
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