第十七歩


 「そもそも合成は自分に自信が無さすぎなんと違う?」


 「は、仰る通りでございます」


 まだ僕達は車内にいた。が、状況は一変、いつの間にやら三河君と常世田さんの立場が逆転、傍から見るとまるで上司と部下。間違いなく先程落ちた怒りの落雷で常世田さんの脳波がショートしたのだろう。


 「オッパイばっかり大きくてさ、後ろで座っているチッパイのライブや委員長に悪いと思わなの? それにしてもデカいな? 120点ってところか?」


 「も、申し訳けございません! こればっかりは私自身どうすることも出来ず……」


 セクハラだ!

 セクシャルハラスメントだ!

 どこぞの社内における無能上司と人間関係をまだ把握できていない入社して間もない女性社員を垣間見ているようだ!

 実際にはテレビのワンシーンでしか見たことないけど。


 そして僕と千賀君は非常に困った状態へ。

 ダシに使われ赤面して俯く笹島さんと伊良湖委員長。しかもドストレートな胸の話だから僕達烏合の衆コンビはどのようにして声を掛ければいいのか大困惑! そんなチキン熱田とコッケー千賀の二人などお構いなしでエロマスター三河君のセクハラ談話は更に激しさを増す。


 「心配しないで合成! 世の中の男共はデカいオッパイにキリキリ舞いだから! そこに夢と希望が詰まってるとか幼稚な考えのヤツが大多数を占めるんだ」


 「えっ!? じゃあアナタ様も……」


 こいつは驚いた!

 もし僕が同じような言葉を常世田さんへ掛けたならば、間違いなく変態キモ男のレッテルを貼られるだろう。それなのにどうだ? サラッとエロ用語を口にしてもまるでイヤラシさを感じさせない三河君はどうなっている? 嫌われるどころか寧ろ好感度が上がり、剰え相談にまで乗っているぞ?


 もしやと思い、隣に座る笹島さんと、後部座席の伊良湖委員長を見てみると、この世の終わりにでも直面したかの絶望顔をしていた。その意味なすものは……なんてこった!


 「あ、僕は既にマスターを習得しているから大小にはこだわらないよ。逆にスレンダーボディにデカパイなどのバランスが取れていないほうがイヤかなー? その点後ろのライブなんてパーフェクトなんじゃない?」


 あわわ! 遂に笹島さんまでがその歯牙に!


 「悔しいですけど本当ですね。まったく小娘の分際で……ブツブツ」


 バックミラー越しで後方を見る常世田さんは高校生の彼女に嫉妬丸出し。なんか怖い。


 「そうでしょライブ」


 ここで三河君はシートの隙間から後方へ顔を向け、あろうことか恥ずかしさで爆発しそうな笹島さんへ声を掛けた。


 「ライブってさ、全身のお手入れとか凄く行き届いてるよね。産毛なども処理しているようで肌がツルッツルだし、ふわっといい香りがするしさ。努力あっての美しさだねー」


 「あ、あの……はい」


 落ちた!

 恋愛の欠片ですら齧ったことなどないこんな僕でも、彼女が三河君に友達以上の感情を持ったのが分かった。難攻不落の笹島要塞があっけなく陥落した瞬間を目の当たりにしてしまったのは何も僕だけではない。それは僕以上に彼女へ恋心を抱く千賀君が完全な失恋をした瞬間でもあった。


 瞼ダム決壊寸前の僕と千賀君を他所に、三河君の”お前のハートを鷲掴み”トークはまだ続く。


 「卒業したら高校生活なんて二度と出来ないんだからさ、ライブも勉強ばっかりじゃなく恋愛も楽しんだら? そこの二人のどちらかなんてどう?」


 ヤメテ!

 これ以上僕と千賀君を苦しめないで!


 「それぐらいにしてあげたらどうですか? 彼女もうすぐ発火しそうですよ?」


 「アハハ! かわいいねー! 合成もあんな時代があったんでしょ?」


 「いえ、私は勉強こそが人生でしたから」

 

 「アンタもか!」


 聞いているこちらが恥ずかしい二人の会話。なんとなくだが運転している常世田さんも三河君に好意を抱いた模様。でなければ自身に対してのセクハラギリギリの会話を許容するなど絶対にあり得ないだろうから。


 強力なハートブレイクを喰らうモノの、三河君の行動は男にとって……いや、僕にとって勉強になるなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る