第十二歩


 {パッパー!}


 聞こえて来たのは、明らかに僕の家へと向けられ鳴らされた車のホーン。

 おいおいまだ朝の4時半だぞ?

 起きていたからいいものの……近所迷惑も甚だしい!


 二階にあるマイルームの窓から眠い目を擦って顔を出すと、玄関前へと停められた車の扉がガチャリと開くのが視界に入る。

 直後、一人の人物が降車すると脇目も降らずにこちらへ目を向けた。


 「おはよーキューちゃん! 早く後ろに乗って!」


 やけに急かす三河君。僕は前日に用意しておいたリュックへ大至急お泊りセットを詰め込み、慌てて玄関前へと出て行った。そして彼に言われるがまま真っ黒なワンボックスカーの後部座席へと乗り込む。


 「お早うございます熱田君」


 「おはよー熱田、お前で最後だよ」


 千賀君と伊良湖委員長は既に乗車済み。僕に負けず劣らず二人とも眠そうな顔をしている。そして僕が最後となれば……。


 「おはよう熱田君」


 「お、おはよう笹島さん」


 僕は今、この世で一番幸せなのではなかろうか?

 あの笹島さんから名指しで挨拶をされたんだぞ?

 そして早朝にもかかわらず身だしなみもビチッと決まっている彼女、流石と思わざるを得ない。

 

 「お前はなんか気にくわないな? そこの真面目ちゃんと茶髪を無視してかわい子ちゃんだけに挨拶だなんて」


 「へ?」


 ここで聞いた事のない声が。ミミズが背筋を這う程にキモく寒気を催す不気味な低音ボイス。しかも僕の座る隣から。


 「えっと……どなたですか?」


 「三年の五平元治ごへいもとじとはワシのことじゃあぁぁぁっ!」


 「ヒェッ!」


 五平元治。聞き覚えのある名前。赤楚見高校生なら誰もが一度は耳にしたことのある超有名人の名前。それもその筈、屑三人衆の一角ではないか。暴君の異名を持つ彼の他に”変態の矢田”、そしてその二人を遥かに凌駕する”人間ハプニングバーのアンジョー”。

 最強最悪のアンジョー先輩ではないにしろ、五平先輩がどうしてこの場に?


 「一番最後に乗り込んでワシの横を陣取るなんて図々しいわ! 席替えだ席替え! お前は一番後ろのかわい子ちゃんと替われ!」


 強制的に笹島さんと座席交換をされてしまった。その結果、三河君は助手席に、二列目は五平先輩と笹島さん。そして最後部座席は伊良湖委員長、千賀君、そして僕となった。

 

 それにしても運転手は三河君のお父さんなのだろうか?

 五平先輩の参加もさることながら、聞かされていたのは”日の出とともに出発するから”とだけ。

 いや、日の出前じゃん……。


 「ねぇ千賀君に伊良湖委員長、なんで五平先輩が一緒なの?」


 「そうなんだよ。俺達もビックリしてさ、あの人あの五平先輩だろ? 真面目風な見かけによらずムチャクチャするって」


 「しかもなんだか怒っているようなんですよね。三河君と繋がりがあるようなんですけど……」


 ここで前の座席から新情報が。正確には笹島さんへ一方的に話す五平先輩の声が大きすぎて後部座席まで聞こえてくるだけなんだけれど。


 「あの三河はワシの舎弟でのぅ、今日も泣きながらついてきてくださいなんてぬかすもんだから仕方なしにな」


 この車の座席配置では運転席と後部座席が少し離れているんで会話しづらい。しかし二列目の後部座席と三列目の最後部座席はあまり離れておらず、普通に会話が出来る。だからここでの会話は三河君にまで届かないようだ。


 「あ、三河君見て! やっぱり来た!」


 そんな時、運転席に座る男性が声を上げた。それは驚くほどに大きく、後部座席に座る僕達の鼓膜を振動させまくる。あまりの急な出来事に会話するのも忘れて目を前方へ向けると、そこには二人の女性が!


 「ゆりねーちゃんとレイア姫だ! 思った通りどこかで聞きつけたんだな?」


 三河君の知り合いなのだろうか?

 名前も知っているっぽいし。


 「おっさんさん、一旦車止めて!」


 おっさんさん?

 確かに彼はそう呼んだぞ?

 ならばお父さんではない?


 「頼んだよ三河君!」


 するとどうだろう。三河君は助手席から後部座席へと素早く移り、スライドドアを慣れた手つきで開いた。


 「おいモッチー! お前の出番だ! 後は頼んだぞ!」


 「えっ!? み、三河君、それはあまりにも……うわっ!」


 あまりに一瞬のことでワケが分からなかった。三河君は五平先輩を外へ放り出すとすぐさまドアを閉め、再び助手席へと舞い戻る。


 「おっさんさん出して! 早く!」


 「おっけーだよ三河君!」


 大きなワンボックスカーはタイヤを鳴らして急発進!

 僕達はなんとなくその後を見届けなければならないような気がして恐る恐る振り返ると、そこには見る見るボロ雑巾と変化していく五平先輩の姿が……。


 「な、なぁ熱田、あの人ってあの五平先輩だろ? それをゴミみたいにしているあの女性達ってなんなん? なんか大学生風だったけど……それにしてもキレイな人達だな」


 千賀君の言うことは尤もだ。でも僕は三河君に敬語を使った五平先輩のほうが気になった。僕達の前では先輩風を吹かしてあんなにも偉そうだったのに、それに確か舎弟って。あの様子を見るに、どう見ても反対のような……?

 

 ともあれ、三河君には逆らわないのが吉と皆で首を縦に振ったのであった。


 

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