第十歩


 次の日担任の先生から修学旅行について正式な話があった。男女それぞれ三人一組で班を編成し、行動は男子班と女子班の組み合わさったグループで行えと。

 いつもならここで不安に駆られる僕。それは勿論ボッチだからだ。

 だが今回は違う。現時点で既に班もグループも確定しているから。


 「フゥ……」


 人間考え事をしていても生理現象は必ず起こる。休み時間に用を足し、手を洗ってトイレから一歩でたその瞬間。


 「あ、熱田、ちょっといいかな」


 「へ?」


 僕へと声を掛けて来たのは茶髪でイケメンの千賀凱せんががい。彼とは昨年同じクラスだったのだが、当然の如く僕との接点は一切無いし喋った事も皆無。


 「えっと……」


 「突然で悪い。俺、お前と一緒の班に入れてくんね? 知っての通り笹島との距離もっと縮めたくて」


 そう、彼もまた笹島さんに魅了された一人。勇敢にも季節が変わるたびに告白を続け、その数だけ撃沈玉砕を繰り返した勇者である。

 それにしてもまだ諦めがつかないんだな。


 「勝手なのは分かっている。お前とはクラスが一緒だったけど喋ったこともないし」


 僕は別にこの男が嫌いではなかった。この容姿にこの性格で男女に限らず受けがいい。モテるのは癪だが、それでも笹島さん一筋ってな感じで軽薄との印象はない。それに成績も優秀で、笹島さんに劣るとも限らなのである。


 「あ、僕の一存ではちょっと……。昼にでも他のメンバーに聞いてみるよ」


 「マジか! 充分充分! 紹介だけしてくれれば後は自分でなんとかするし」


 それにしても爽やかだな。彼の爪の垢でも煎じて飲めばもしかすると僕も……。

 少々自虐的な気持ちに苛まされるも、強ち冗談と言えない僕の本音であった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「俺、千賀凱って言うんだ。三河以外は全員顔見知りなんだ」


 恒例となった昼休みのグループランチ。そこで僕が紹介するまでも無く、千賀君は自ら自己紹介をかってでた。


 「え、千賀マジ? アンタまだ伊歩諦めてないの?」


 「ちょ、ちょと芽衣ちゃん」


 あきれ顔の地村さんにバツの悪い印象の笹島さん。それと静かに見守る伊良湖委員長とニヤケ顔の海道君。つか、また海道君来てるし。

 そしてこの男……。


 「ライブなに? この人に告白されたの? うっは、男心弄ぶ魔女じゃん!」


 ニヤニヤしながらストレートに笹島さんを揶揄う。彼は容姿端麗な彼女にときめかないのだろうか?

 数多き男子生徒の中でも、千賀君みたいに告白が出来たのは勇者と称えられる。後は僕と同じ遠くから見ているだけで満足なチキンハートが大多数を占める。

 そしてこの男はどうだ?


 「サイテーだなライブ。その友達のメーはオッパイでかいからチッパイの美咲っちに謝ってクダサイ」


 「!」


 公然とセクハラを言ってのけたぞ!

 場所が場所ならば訴えられても文句言えないのでは?


 「ライブのオッパイは絶妙だね。オッパイマスターの僕としては花丸をあげたいぐらい」


 あの笹島さんまで彼の毒牙に!

 この三河って男は一体全体どうなっているのだ?


 「おい三河、それぐらいにしとけよ。俺は慣れてるからいいけど、みんな固まってんじゃん。公然わいせつ罪だよチミィ」


 「東も丁度良かったじゃん。お前オッパイでかいの好きって言ってたし……」


 「!」


 海道君だけではなく、治村さんもまたこの沈黙魔法によって黙らさせられてしまった。まるで僕達は三河君の手によって転がさせられているかのよう。本当に同い年なのか?

 恐るべしだよ三河君ってば。


 「あ。あの、三河君? 彼の……千賀君の話し聞いてた?」


 完全に出ばなをくじかれた千賀君ではあったものの、そこはポジティブな彼、決して引いたりはしない。

 

 「ス、スゲェな三河って。これまで誰も笹島さんにそんな無礼を働かなかったぞ?」


 「あ、ゴメンゴメン。千賀君だっけ? これから宜しくね!」


 女性からの反撃も言葉によって封じ込め、初対面となる人間を簡単に打ち解けさせる話題作り。これまでタブーとされていた女生徒への性的発言により、もう一歩会話の奥行きを広げさせた三河君。

 彼こそ本当の魔術師なのでは?

 

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