第九歩
「ねぇ三河君、フナムシってなーに?」
天使よりも美しいとさえ思える笹島さんの顔が三河君の頬横30㎝に迫る。世間一般の男共ならば嬉しさのあまり卒倒失神待ったなし。
しかし彼は違った。
まるでこれからキスでもするのかとさえ思わされるほどに自分の顔を隣にある彼女の頬へと近づけ、息遣いを感じる距離を保ったままに唇を耳元へ。
「実はね……チン……でさ、時々噛む……でね……ゴニョゴニョ……」
「!」
見る見る顔がレッドローズへと変化する笹島さん。そのまま俯いたのを見るに、どう考えても恥ずかしさから来る赤面だろう。
「ちょ、三河! あんた伊歩になにしたの! ねぇ大丈夫?」
「ハンッ! お子ちゃまになんか教えるかよ! メーは東のフナムシを弄りすぎて潰さないよう気を付けるんだなっ!」
「フナムシって何よ!? そもそもにそんなキモイもんなんか触る気サラッサラないんだからっ!」
よく分からないが、笹島さんは更に縮こまったような。でもそんなイジイジした姿も美しいですよ。
そして東君は……そのまま地べたに寝そべってしまった。撃沈されて幾年も地底へと佇む戦艦や空母のように。
「それはそうともうすぐ修学旅行ですね」
こんな空気を打開すべく伊良湖委員長が例の話を切り出した。
「修学旅行!?」
眉間にシワを寄せ、怪訝な顔をする三河君。彼は昨日の朝礼で校長先生がした話を聞いていなかったのだろうか?
「まだ担任の先生から正式な発表がないんですけど……」
僕はパラレルワールドへ転移したのだろうか?
確かこの件に関しては僕と伊良湖委員長だけの秘密だったはずと記憶しているのだが……。それも委員長当人が公表してるから何も言えない。
「だったら私と伊歩、そして伊良湖委員長の三人で一緒の班になろう! ね、いいでしょ委員長!」
予定通りの展開。問題はこちら側か。
「僕はキューちゃんと同じ班でいいや。面倒な事は全部任せるんでよろしくね。僕人見知りだからもう一人も決めておいて」
あれれ?
こんな簡単に決めていいの?
ってか、人見知りってなに?
冗談にしても笑えないんですけど?
どこからどう見てもコミュニケーションマスターだろう君は?
「いいなー。俺もこのクラスがよかったなー。
聞けば海道君は1年の時、三河君の他にもう一人仲のいい友達がいたとのこと。その彼は校舎の違う1組になったのだとか。
「1組って確か
「あ、私も知ってる! 例の姉御がいたとこでしょー? あんな年上が同級生なんて私なら緊張からゲー吐いちゃうかも」
その話は僕も知っている。確か30歳前後のキレイな女生徒がいるクラスで、一部男子から陰で”AV女優の人生やり直し”とか囁かれていた。何回か見かけたが、確かに綺麗でセーラー服を着る様はまさにAV女優との言葉がピッタリ当てはまる。
そんな彼女の担任だったってことは、先生としてのスキルが相当に高かったのだろう。なにせトラブル必至だろうから。
「あ、有松先生ねぇ……。それと
8組の話題で海道君の硬直が解けた。一体どうして?
「え? 海道君は有松先生や豊田さんを知ってるの? 校舎違ったのに?」
「あ……う、うんまぁ。 アハ、アハハハ」
気のせいか額から汗が噴き出しているような?
「おい東、余計なこと言うなよ? 命が惜しかったらな!」
どうやら三河君も知っている様子。このクラスに一人も知り合いがいないと言っていたワリにはそこそこ顔が広そう。それにしても校舎が違う二人がなぜ……?
「まぁ、その話は置いといてさ、親交を深める意味も込めて今度皆でキャンプ行こうよ」
「マジか三河! 賛成賛成サンセーッ!」
「いや、東はクラス違うから連れて行かないけど」
「マジか三河! ……マジか」
気分はアゲアゲ盛り上げも最高潮となる寸前で無情なる介錯。そりゃあまりにも海道君が可哀想では?
そもそも僕達の意思は?
「大賛成です! 私アウトドア大好き!」
「オッケー美咲っちは参加確定ね」
誰よりも早く食いついた伊良湖委員長。本当に好きなのはアウトドアではないのでは?
「ねぇ伊歩ぅー、私達はどうするぅー?」
「あ、そっかー、メーは東を連れて行かないから拗ねてんだ。だったらライブだけでも……」
「ふざけんじゃないわよアンタ! 三河みたいな変質者と伊歩が一緒に行くわけないじゃないの! 仮に行くって言っても私が絶対引き留めるわよ!」
なんだか大騒ぎに。
とは言っても興奮しているのは治村さんだけなんだけれど。
「ゴメンね芽衣ちゃん。私結構行きたいかも」
「いやぁーんいぶうぅぅ! どうしてそんなこと言うのおぉぉぉ?」
マジですか笹島さん?
そうなれば僕も参加したいけれど、キチンと頭数に入っているのだろうか?
「あ、わかったわかった。だったら東も参加していいから。それならばメーも文句ないでしょ? それとキューちゃんは班員になりそうな男子生徒をスカウトしてきてね」
余計な心配をして損したとまでは言わないも、僕のみ余計な宿題が付いてきた。陰を生きてきたこの熱田久二にとってそのミッションはあまりにも過酷だよ三河君ってば……。
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