第五歩
登校初日の今日は授業がない。クラスメイトや担任の顔合わせと全校集会で校長先生のかったるい語りを聞くだけのやっつけ仕事。それ等一通り熟すと最後は終礼を残すのみ。
「では、明日から普通に授業があるから教科書などの忘れ物をしないようにな! 以上!」
終礼も無事終わり、中伝先生が廊下へ出て行ったと思ったその時だった。
「おーい三河! 一緒に帰ろうぜ!」
前方入り口から半身覗かせたその人物は、室内いっぱいに響き渡る大きな声を腹の底から絞り出す。
「あっ
始業前にチラッと話題に上がった魚屋の御曹司、海道君だ。別の教室にいる三河君をわざわざ呼びに来るほどまでに親密な友人のようだ。
「そっちも終わったんだ? 待ってて直ぐ行くから!」
大声で返事をした後、小走りで前方入り口へと向かった三河君を見るに、彼と仲が良いといった言葉に偽りはないようだ。
「ん?」
三河君は前方入り口で一旦立ち止まる。そしてその近くに座る人物へ何やら話し掛けた。
「三河のバカアァァァァァァァァァッ!」
そう、その席に座る人物とは治村芽衣。先程の話で彼女は海道君に少なからず好意を持っていると感じた。もしかして三河君がなにかした?
「うわあぁぁぁぁんっいぃぃぶぅぅぅっ! はやくぅ帰ろおぉぉぉぉっ!」
彼女は泣きながらこちらへと走ってきた。これには僕どころか普段一緒の笹島さんも驚きを隠せない。なにせあの負けず嫌いのガーディアンがワンワンと泣いているのだ。これまであんなに女らしくて弱々しい治村芽衣の姿など一度たりとも目にしたことなどないから。
「わかったから芽衣ちゃん」
笹島さんは肩を落として泣く治村さんを宥めながら後ろの扉から教室を出て行った。それにしても三河君は彼女に何を言ったのだろう?
治村さんの様子を見るに、その顔は爆発寸前とも思える程真っ赤っ赤。海道君にしてもそうだ。こちらからでも分かる程にその顔は赤かった。
そこから推測するに、治村さんが海道君を気にしていると本人にバラしちゃったんだなきっと。他人ながらその身が心配になるよ三河君ってば。
「これは嵐の予感ですね! 私あの三河君に凄く興味が出てきましたよ。見てください熱田君、残されたクラスメイト全員の脳裏には既に彼の印象が焼き付けられたようですよ!」
確かに委員長の言う通り、今さっき起きた出来事に対しての会話があちらこちらから聞こえてくる。帰宅時間となっているのにほとんどの生徒がその話題へ夢中となり、その場を一向に動こうとしないのだ。
「昨年は平和過ぎて退屈な1年でした。でも、今年はなんだか波乱の予感がしますね。アナタもそう思いませんか熱田君?」
「あ……はは、まぁそうかも」
バカか僕は!
女生徒との会話すらまともに出来ないのか?
「せっかく席も近いのだから、もっと彼へ近づきましょう。きっと面白いですよ? 後、笹島さんと治村さんのお二人も巻き込んで」
僕は思った。これまであまりいいことなどなかったが、そんな僕を哀れに思った神様がきっとチャンスをくれたに違いないと。でなければたった一日でこれ程多くの幸せなイベントになど出会えようか。
「こ、こちらこそよろしく」
僕は勇気を振り絞って返事をした。今までの地味で内向的な熱田久二の殻を打ち破るために。
月並みではあるが、バラ色の学園生活を送るために。
乱れた男女交際バンザイ!
「では私達も帰るとしますか」
こうして2年最初の一日が幕を閉じた。盆と正月が一度に来たような立て続けに起きる数々の出来事に、もしかすると僕にとっては最高の高校生活になるのではないかとの期待を膨らませずにはいられなかった。
不安要素でもある三河君の謎など一切忘れて……。
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