第四歩


 「伊歩も気をつけなよ? どうやらこの三河って男は油断ならないヤツみたいだから」


 「ううん、違うの。別に子供の霊が見えるわけではないの。なんだかハッキリしないけど。薄っすらモヤみたいなのを感じるだけ。悪い感じは受けないし、寧ろ暖かい感じ」


 笹島さんの言葉は僕と治村さんだけに向けられた。二人とも霊感などこれっぽっちも持ち合わせないが故、モヤどころか塵の一つも目に映らないから。


 「ま、まぁそんなんどうでもいいじゃん! ささ、もう直ぐ先生来るんじゃないかな? メーもそろそろ自分の席へ戻ったほうがいいんじゃない? ほ、ほらほら早く早く!」


 「ちょ! 何だか追いやるみたいでヤな感じね? 確かにそんな時間だけどさ……。あと熱田! アンタ三河が伊歩に悪さしないかよーく見張ってんのよ!」


 地村さんはそう言い残して自分の席であるこちらと全く正反対の最前列入り口前へと戻って行った。

 それにしてもこの三河君には一体どんな秘密があるんだろう?



 {ガラガラガラ!}


 「起立!」


 朝礼の時間である。今知ったのだが、どうやらこのクラスにおける委員長は僕の隣に座る伊良湖美咲いらごみさきさんのようだ。

 これまた端整な顔の持ち主で、どちらかと言えば治村さんよりの可愛い感じ。いや、彼女より上では?


 「えー、私が君達7組の担任を受け持つ中伝力ちゅうでんりきだ。1年の時にこちら側だった生徒は既に知っていると思うが、担当は男子生徒の体育である。それと……」


 なるほど、僕達7組の担任は鬼教官の異名を持つ中伝先生か。あの先生は怖いけど、間違いさえ起こさなければこれといった害も無い。善悪のハッキリとした熱血が売りの体育教師だ。

 だけどなんだか様子が変だな?


 「私は間違った事が大嫌いだが、時には偽るのを避けられない非常事態へと陥ることもあるのが人生だ。なるべく私の手を煩わせないでほしい」


 なんだ?

 先生の言っている意味が僕を含めたクラス全員にイマイチ伝わらない。それにハッキリしているのが売りであるあの中伝先生が言葉に詰まるだと?

 それよりなによりも、先生の視線は真っすぐこちらへ向いている。いや、僕だけに言っている?


 そして先生は当たり前の連絡事項だけを伝えると、教室を早々と去って行った。それにしてもなんだか怯えるような感じだったのが気になるところ。僕なんかしたのかな?


 「ねぇ熱田君」


 「えぇっ!?」


 突然声を掛けられ驚きのあまり音程を外した返答をしてしまった。これは恥ずかしい。声の主は隣の伊良湖委員長で、勿論この僕とは縁もゆかりもなにもない。蚊の羽音よりも小さな声で話し掛けられたのだが、情けない事に女性慣れしていない僕は舞い上がってしまった。


 「中伝先生ね、途中からずっとこちらを見てましたよね」


 「あ、う、うん。それは僕も気付いた。知らないうちになんか失敗でもしたのかなーって。あの先生曲がった事大嫌いだし」


 やはり彼女も気付いていた。と言うよりクラス全員がそう思うところ。クラス替え早々悪目立ちでやだなぁもう。


 「思うにね、先生熱田君を見ていたのではないと思うんですよ。たぶんだけど、後ろの三河君を見ていたと思うんです。チラッと見た時に彼、アナタの背中へ完全に姿を隠していたようでしたし」


 「マジですか!?」


 言われてみれば中伝先生の視線を一手に浴びるいわれなど、僕には全く心当たりがない。となればやはり三河君を見ていた?

 いや、謎過ぎるだろ三河安成!

 後、どうして敬語なの委員長!


 「私も1年生のときは6組で彼のことはあまりよく知らないんですけど、あちらの校舎では毎日がお祭り騒ぎだったと友人から聞いているんです。特に1組が凄かったって。三河君って1組だったんですよね? だったら中伝先生の意図も読めなくはないですよね」


 彼女の言っている言葉はイマイチ僕の耳へと届かない。何故なら女生徒からこんな親しげに話をされたことなどこれまで皆無だったから。よく分からないが、三河安成サイコーだぜ!

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