怪談「タイルに」

今でも鮮明に思い出せるんだけど、できれば思い出したくないんだよな。

でも、誰かに話したほうが楽になれるかもしれないから、話すわ。


俺まぁネット関係の仕事してて、会社いたときなんだけど。仕事中にトイレに行きたくなってさぁ。寒い時期だったし、水も結構飲んでたから。


で、小のほうだったから小便器の前に立って、用を足してた時に壁をボーっと見てて。うちの会社のトイレの壁ってタイル張りで、色が白なんだよ。それで、鏡みたいに景色を反射してるから、俺と後ろの個室が映るじゃん? それを見てたんだよ。


で、見てて気づいたんだけど、個室の壁って上下までないから隙間があるだろ?

上の隙間が結構大きかったんだけど、そこから顔が出て俺のほうをジーって見てたんだよ。


最初は俺ボーっとしてたから気づかなかったけど、よく考えたらおかしいって気づいてさ。それでもう、用足し終わっても動けなかったんだよ。ただ、不幸中の幸いというか、俺が見えてるという感じは向こうに伝わってないだろうなって思ってて。


俺、ボーっとした感じで見てたから。その出ている顔だけ見てたら気づかれるかもしれないけど、タイルに反射した風景全体を見てたから大丈夫だって、心の中で自分に言い聞かせてさぁ。確実に目があったって気もしなかったし、このまま知らないふりして出ていけば、向こうにバレずにトイレから出られるかもしれないって思ってたから。


でも、全然動けないんだよそれが。しかも、もう見ちゃってるからどうしても、だんだんとその顔に視線が釘付けになって「ああ不味いバレる」ってもう本気で焦って。

タイルって鏡みたいに綺麗に映らないから、その顔が男か女か分からないしバレる訳ないんだけど、もう怖くなってるからそこまで頭回んないんだよ本当。男のトイレに女は出ないよななんて、なぜか今考えなくていいこと考えたりしちゃってて。


そしたら、顔が出てる個室から「カラカラ……」って音がさ、したんだよ。聞いた瞬間「あ、トイレットペーパー巻いて取ってる音だ」ってすぐ気づいて。個室の中に誰かいるってそこで初めて気づいたんだけど。


そこで余計怖くなっちゃって。もしいたずらで個室の上から顔出していたとしたら、トイレットペーパーに手が届くわけないし。でもさぁ、幽霊とかそういうのがトイレットペーパー使わないよなって。もうパニックで思考がぐちゃぐちゃになっちゃって。


で、ジャーって個室から水の流れる音がしたから「あ、出てくる」って思ったんだよ。そしたら、上に出てた顔がスーって下がって見えなくってさ。ガチャってドアが開いた時に出てきたのが、同僚だっだんだよ。仮にAって言うけど、向こうも俺を知っているから「あ、お疲れー」って普通に言ってきたんだけど。


ただ、上にあった顔は絶対にAの顔じゃなかったから、なんか、もう思わず「一人で入ってたよな」って聞いちゃってさ。そしたら「え、当たり前じゃん何言ってんの」って返されて。もうとりあえず、トイレから出ようと思って手洗って出たんだよ。


で、Aと一緒に仕事場に戻る時、やっぱり見間違いかななんて思いながら歩いてたんだけど、やっぱり気になるじゃん?

俺が先に歩いてて、後ろからAがついてきててさ、その時にもう聞いちゃえって思ってパッて後ろ振り返って「あのさぁ」って言ったんだよ。そしたらAが


「あ、やっぱり見えてたんだ」


って完全にAの声じゃない低い男の声で言ってきて。思わず黙ったんだけど、そしたらすぐにAが「どうした?」って聞いてきたんだよ。そしたら普通のAの声に戻ってて、自分が言ったことに気づいていないんだよ。「今なんか言った?」って聞いても「いや何も」って言うし。


もう、その後は何も言わずに自分のデスクに戻って仕事したんだけど、全然手につかなかったな。トイレももう、その日は別のところの使ってたわ。そっから白いタイル越しに反射した景色見るのが軽くトラウマになってるし。今はそういうタイル張りの壁のトイレは、できるだけ下見てるんだわ。

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