第11話

 校門を出てしばらく歩いていると


「そういえば柚希ちゃんはアニメとか見るの?」


 と藪から棒に聞いてきた。

 しかも内容がアニメだなんて……。


「どうしたんですか急に」

「柚希ちゃんと二人きりになるなんてあまりないから、色々知りたいな~って思って」

「まぁ、二人きりは今まで無かったですね。でも話題のチョイスがおかしくないですか?」

「え~、じゃあ柚希ちゃんはアニメ観ないの?」

「私は観ないですね。アニメの話がしたいなら、その辺のヲタクと話せばいいじゃないですか!」


 あまりのズレた話題の所為で少し語気が強くなってしまった。

 そんな私とは反対に新島先輩は更にテンションが上がっている。

 もうこの人がよく分からない。


「そう! それなんだよ!」

「え? 何がですか?」

「柚希ちゃんは皆から慕われたいんだよね?」

「……まぁ」

「だったらヲタクと言われる人にも接点持たないと!」

「でも、接点持ってメリットありますか?」

「あるよ~、ヲタクもリア充も分け隔てなく接すればおのずと周りの評価も上がるしね」

「……確かにそうですけど」

「それに、友也くんだってヲタクだった訳なんだし、アニメ観てるリア充は結構居ると思うな~」

「……」


 新島先輩の言う通り、最近ではリア充でもアニメを観てる人は結構居る。

 言っている事は学校一のアイドルを目指すなら何も間違ってはいない。

 だけど、どうしても私にはアニメが肌に合わない。

 お兄ちゃんとの接点を作ろうと一度だけ観た事があるけど、私には何が面白いのか理解できなかった。


「新島先輩の言う通りだと思うんですが、アニメは肌に合わないんですよね」

「そっか~。なら、漫画やラノベを読んでみたらどうかな?」

「ラノベですか?」

「知らない? ライトノベルって言うんだけど、今のアニメって大体がラノベ原作だから、ラノベを読んでおけばアニメ観てなくても話題に困らないと思うよ?」

「……詳しいんですね」


 私が若干引きながら言うと、新島先輩は「ふふ」と笑った後


「最初は交友関係を広げる為に無理して観てたけど、いつの間にかハマっちゃってた感じかな~」

「そういうものですか」

「うん。あとは友也くんのオススメのアニメが面白くて余計にハマったよ」


 お兄ちゃんオススメのアニメかぁ。どんなの観てるんだろう。


「あ! オススメが気になるって顔してるね!」

「ま、まぁ、お兄ちゃんのオススメなら一度位は観てみようかなって」

「ふふふ、それじゃあ後で教えてあげるね」

「今じゃダメなんですか?」

「だってもう私の家に着いたから。柚希ちゃんが本当に聞きたい事はアニメの事じゃないでしょ?」


 言われて気づいた。

 新島先輩の話に付き合っていたらいつの間にか先輩の家の前まで来ていた。


 話題こそチョイスが可笑しかったけど、いつの間にか私のイライラが収まっていた。

 これを狙ってたのだとしたら、まんまとハメられた。


 最近は新島先輩に振り回されてばっかりな気がする。

  

 

 新島先輩の家に着き、以前と同じ様に部屋へ案内される。


「今飲み物持ってくるからちょっとまっててね」


 と言って下へ降りていった。

 部屋の中を見渡すと、以前来た時よりも、生活感に溢れている気がする。

 

 ふと机の横の壁に目をやると、コルクボードが目に入った。

 ボードには色々な写真が張ってある。

 

 水瀬先輩や中居先輩たちと写っているのが大半だったが、一枚だけ見知らぬ女生徒が写っていた。

 

「これは……誰だろう?」

「それは私よ」

「っ!?」

 

 写真に夢中で新島先輩に気づかなかった。

 それよりも今なんて?


「これが新島先輩なんですか? 信じられないんですけど」

「あはは、そうかもね」


 と言いながら、持ってきたドリンクをテーブルに置き、私も座るように促してきた。

 私は新島先輩の真正面に座る。

 写真も気になるけど、まずは別れた事について確かめないと。

 そう考えると同時に、新島先輩から話を切り出してきた。


「私たちが別れたのは私が言い出した事なの」

「それはお兄ちゃんから聞きました。私が知りたいのは、別れたのにどうして未だにイチャイチャしてるかって事です」

「そっか、聞いたんだ。じゃあ南が友也くんにした事も聞いたよね?」

「はい、聞きました」


 私がお兄ちゃんを問い詰めた前の日、水瀬先輩はお兄ちゃんにキスをした。

 その水瀬先輩がどれ程の想いでキスをしたのか私には分かる。

 だからこそ、その想いを無視した様な行為が許せない。


「新島先輩も水瀬先輩がどんな想いでキスをしたか知ってる筈です」

「……うん、知ってた」

「っ! だったらなんで!!」

「だからこそだよ……」

「どういう事ですか?」

「私は南の事を親友だと思ってるし、南も私の事を親友だと言ってくれる。お互いに対等な状態でありたいと思ってるの」

「真剣な恋愛で対等なんてありえないですよ」

「普通ならそうよね、私もそう思う。だけど、南だけは例外なの」

「親友だから情けを掛けるんですか?」

「ううん、その逆かな。あのまま付き合ってたらいつか気持ちで南に負けちゃうと思ったから」


 新島先輩は立ち上がり、コルクボードから一枚の写真を手にとって私に見せてきた。


「これってさっきの……」

「これは1年の時の文化祭の時の私だよ。クラスの出し物で大正娘喫茶をやった時のコスプレなんだ」

「そうなんですか」

「この頃から私は友也くんの事が好きだったの」

「えっ! そうなんですか? 初耳です」

「そりゃそうだよ。友也くん私のこと忘れてたしね。それに言うつもりもないしね」

「……」

「私はずっと友也くんの事が好きだったみたいなの。それに気づいたのは随分後の事なんだけどね。だから私は本当の意味で友也くんの一番になったと思ってない。そんな私がずっと付き合い続けたら南と対等とは言えないでしょ。」


 知らなかった。新島先輩がここまでお兄ちゃんのことを想っていた気持ちを。


「そういう訳だから、私は一時的に別れただけ」

「その口ぶりだと、もう一度付き合うこと前提みたいに聞こえますけど?」

「当然でしょ? 南とも『正々堂々と真剣勝負をする』って約束したし。そのうえで私は勝つつもりなんだから」


 新島先輩はそう断言する。

 そこには始めて話した時と同じ笑みを浮かべる新島楓が居た。


 ――私は勘違いしていた。

 新島先輩は腑抜けてなんかいなかった。

 むしろお兄ちゃんと付き合った事で、より貪欲さが増した様にも感じる。


「状況はわかりました。だけど、どうやって勝負するんですか?」

「簡単に説明すると、私と南が友也くんにアピールして、どっちと付き合うか決めて貰うの」

「決着はいつ着くんですか?」

「実は8月に皆で泊まりでキャンプに行くんだけど、その最終日の夜に選んで貰う事になってるの」

「なるほど……」

「どう? 納得してくれた?」

「まぁ、一応は納得しました」

「それなら良かった」


 まさか知らない間にこんな事になっていたなんて……。

 新島先輩も水瀬先輩も、今では以前にも増してやる気を出している。

 2人の姿に羨望と嫉妬を交えた感情を覚える。


 私だってお兄ちゃんの事が好きなのに、少し置き去りにされたような気持ちになった。

 私は、どうすればいいんだろう……。

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