第5話
土曜日、部活を終え家に帰ってきた。
お兄ちゃんは今日、グループで買い物に行ってる。
お父さんが起きて部屋から出てきた。
「おかえり、柚希。友也は……今日いないのか」
「うん。そうみたいだね」
「そうか。最近のあいつは変わったな」
「うん」
お父さんもさすがに気になってきたのかな?
これがきっかけで仲直りしてくれたら……。
その後お母さんも帰宅し、三人でリビングでくつろぐ。
しばらくすると、お兄ちゃんが帰ってきたようだ。
家族がリビングに集合している時は相変わらず部屋まで一直線だ。
「全く、顔くらい出せと言うのに」
「でも、最近の友也は年頃の子みたいになってきたわね。えーっと、何ていうのかしら……りあじゅう?」
お母さんも変化に反応した。
外見や雰囲気からでもいい。
少しずつ戻ってくれたら嬉しい。
夕食時にはお兄ちゃんも加わった。
でも相変わらず食後はすぐに部屋に戻る。
学校とは違い家の中での事は、少し時間がかかりそうだ。
ところで買い物はどうだったのだろう。
特訓の成果は出たのかな?
気になったので自室に戻りLINEを送った。
「今日の、成果を、楽しみに、してるよ……っと」
妙にワクワクしながら返事を待つ。
すると早速返信が来た。
〈明日、新島から買い物に誘われたんだが着ていく服が無い〉
はぁ? 何それ。
私に返事をするよりも前に新島先輩の名前を出してくるとは思わなかったので、少し不機嫌になる。
それにしてもデートか……。
新島先輩がこんなに早くオトしにくるとは思わなかった。
なんか横槍入れられた気分。
とりあえずお兄ちゃんに詳しく問いただしてみよう。
そう思い、お兄ちゃんの部屋をノックする。
コンコンッ
反応が無い。
コンコンッ コンコンッ
と再びノックした。
「もう! 早く開けてよね」
と文句を言いながら部屋に入る。
お兄ちゃんは慌ててドアを閉めて尋ねる。
「大丈夫なのかよ?」
「大丈夫でしょ、最近のお兄ちゃんは変わったなとか言ってたし」
けれど最近はお兄ちゃんに対する見方が変わってきたようにも感じる。
「今日も帰って来たお兄ちゃん見てリア充みたいって言ってたから、今までみたいな事にはならないと思うよ」
「そ、そうか。これで母さん達に心配かける事もないな」
ホッと胸をなでおろすお兄ちゃん。
自分の事よりも他人の事を心配するなんてお兄ちゃんらしい。
家族なんだからそこまで気にしなくてもいいのに。
「それよりも! 明日デートに誘われたの?」
「デートなのかなぁ。買い物に付き合ってって言われただけだし」
「世間ではそれをデートって呼ぶの!」
ましてや女性からの誘いなんてデート中のデートだと思うでしょ普通!
一瞬イライラしてしまったがこのままではまずいと思い気を取り直す。
まぁ、こうしてお兄ちゃんから頼られるのも満更でもないし。
今持ってる服を出してもらう。
「持ってる服全部見せて」
まずはタンスから服を出しベッドに並べてもらう。
「う~ん、今の季節だと……」
並べられた洋服を見渡し、いくつかの組み合わせを思い描いていく。
「よし! インナーはこのTシャツでアウターにこれを着ればいい感じになると思う」
「本当か!」
「私を信じなさい!」
「明日は俺は何をすればいいんだ?」
「そこなんだよね~。お兄ちゃんが上手く立ち回れるとは思えないし、それに……」
「それに?」
「新島先輩の事だからただのデートとは思えないかな」
新島先輩は、お兄ちゃんをリア充にする計画に協力すると言った。
その上で私も先輩とお兄ちゃんをくっつける事を約束した。
デートだなんて急ぐ必要は無いはずだ。
何か裏があるのかもしれない。
「あとは単純にお兄ちゃんを落としに来てるとか、かな」
「はぁ? あいつが興味あるのは学校一のリア充に成った時の俺じゃないのか?」
「自分に惚れさせれば色々楽に動かせるって感じなのかも」
それを聞くとお兄ちゃんはハッ! とした顔をし訝しげに尋ねてくる。
「まさかとは思うけど柚希もその方法使ってたりするのか?」
「そんな事しないよ。でも勝手に相手が好きになるのはしょうがないよね」
当然! といったように返したがお兄ちゃんは苦笑いをしていた。
その後、お兄ちゃんにデートで使えるお店を教えて自分の部屋に戻ってきた。
ベッドに横になり思考を巡らせる。
新島先輩はどういう意図でお兄ちゃんをデートに誘ったのだろう。
しばらく考えたが答えが出ない。
気にしてもしょうがないのでここは素直にお兄ちゃんを応援しよう。
「頑張れ、お兄ちゃん……」
次の日、お兄ちゃんは新島先輩とのデートに出かけた。
私は部活も無いので、めぐと久しぶりにショッピングをしている。
色々な店を回り、パンケーキを食べながら一息吐いていると、不意にめぐが
「あのさ、話したい事があるんだけど……」
と真剣な顔で言ってきた。
「ん? なぁに?」
「実は私……友也さんに告白しようと思ってるの」
「そっか、本気なんだね」
「うん」
中学の頃から比較的受け身だっためぐがこんな決意をするなんて。
それほどまでにお兄ちゃんが魅力的になっているのか。
それとも、この間の田村の一件がそうさせたのか……。
「ゆずはどう思う?」
「なにが?」
「だって私……友達のお兄さんに告白しようとしてるんだよ?」
「そんなの関係ないよ! 私はめぐを応援するよ!」
「ありがとう、ゆず」
私がめぐを応援したい気持ちは本当だ。
当初の計画ではめぐがお兄ちゃんの恋人候補でもあったし。
だけど今は……。
ショッピングから帰ってきてしばらくすると、お兄ちゃんが帰ってきた。
予定ではディナーを済ませてくる筈なのに、今はまだ5時過ぎだ。
二階に上がってきたところを強引に引っ張り自分の部屋に連れ込む。
「何かあったの? こんなに早く帰ってきて。 それになんだかボーッとしてるし」
「いや、ちょっとビックリする事があって……」
今日のデートを一部始終話してもらった。
新島先輩は終始、2人きりにも拘らず猫を被ったような雰囲気だったらしい。
しまいにはじっと見てきたり下の名前で呼んでほしいと言ったり。
「う~ん、あの新島先輩が……」
さすがの私も言葉に詰まる。
思った以上に先輩は惚れてるっぽい。
「もしかしたら、今日の新島先輩が本当の素なのかもしれない」
「素? 素はこの間みたいな冷たい感じじゃないのか? 常に注目を浴びる為に努力しまくる自己顕示欲と承認欲求の塊の」
「それも素だと思う」
「ん? つまりどういう事だ?」
「覚えてない? お兄ちゃんが学校一のリア充になったら付き合ってあげるって言ってたでしょ」
「言ってたな」
「それに、新島先輩から言われたのはそれだけじゃないんじゃない?」
「『ちゃんと好きになってあげる。皆から羨ましがられるようなカップルになるの』と言われたよ」
「やっぱり」
「やっぱりって?」
「新島先輩はお兄ちゃんの事が好きになってきてるの」
「はぁ! いや、ありえないだろ。 それにまだ学校一のリア充とは程遠いぞ」
「お兄ちゃんは知らないかもだけど、一年生の間だとお兄ちゃん中居先輩より人気あるんだよ?」
先日の田村の件もあって、『2年の中居先輩はコワイ』というイメージが余計に広まった。
抑止力になったけど、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。
「それでも、新島が俺を好きになるのは早いんじゃないか?」
「恐らくだけど、一年生や二年生からの人気を知って焦ったのかも」
「焦る?」
「いつ誰がお兄ちゃんに告白するか分からないから、今の内から親密になっておこうって思ったのかも」
「それで俺の事が好きっていうのは違くないか?」
「そうでもないの。女は嫉妬深いんだよ?」
田村の一件の時にめぐの気持ちを新島先輩は知ってしまった。
それもあって焦って行動に移したのかもしれない。
「それがどうかしたか?」
「どうして新島先輩はお兄ちゃんに水瀬先輩を口説く様な内容のメッセージを送らせたと思う?」
「俺への嫌がらせじゃないのか?」
「どうして下の名前で呼ばれてると思う?」
「なんでだろうな」
『さっきから柚希は何が言いたいのかさっぱり分からない』
そう言いたげな表情をしていた。
「お兄ちゃんの事が好きだからだよ」
「なら聞くけどいつから俺の事を好きになったんだ?」
「私の知ってる限りだと初めてあった時からお兄ちゃんの事が好きなんじゃないかって思ってた」
「初めてっていうのは新島の家に行った時からか」
「ううん、私が部活見学に行った時からだね。お兄ちゃんの事色々聞かれたし」
頭の整理が追い付かないらしく、お兄ちゃんは頭を抱えて唸り出した。
「新島先輩は独占欲も強いんだと思う。だから嫉妬したのかもしれないね」
「じゃあ俺を脅したのは」
「自分以外の女に靡かない様にだね」
「ならなんで水瀬にあんなメッセージを送らせたんだ」
「自分の持ってる物を褒められたら嬉しいでしょ? それと同じ感覚なのかも」
だからこそ先輩の気持ちは自分の事の様に分かる。
「独占欲が強すぎるんだね。だから歪んだ行動に出ちゃう」
「でも今日のデートでわかったでしょ? ホントは乙女なんだよ」
その言葉を聞いてお兄ちゃんはハッとした表情をした。思い当たる節があるようだ。
「だから、嫌わないであげてね」
そう言って私は、半ば無理矢理会議を終わらせた。
夕食を終え、シャワーを浴び、部屋に戻った私は明かりも点けずにベッドに倒れ込んだ。
月明りだけが照らす天井をぼーっと見つめる。
新島先輩は今までの自分を変えてまでお兄ちゃんにアプローチをかけた。
それくらい本気なんだ。
ただ同じ女として、ただ純粋に新島先輩を応援したいと思ってる自分がいる。
だけど……。
「めぐも水瀬先輩も、新島先輩も……お兄ちゃんの事、好きなんだ……」
お兄ちゃんを本気で好きになる女性がいることに戸惑いを感じている自分もいた。
冷静に考えを纏めることもおぼつかない。
嫉妬にも似た感情を落ち着かせるように、私は眠りについた。
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