第6話


 翌日、登校するとみんながざわついていた。


「どうしたの?」

「2年の新島先輩に彼氏が出来たって」

「えぇ! そうなの!?」


 昨日の今日で急展開過ぎてつい声が出てしまった。

 

「くっそ~俺ワンチャンあると思ってたのに~」

「お前じゃ無理だよ。まぁでも相手があんなにイケメンの先輩なら諦めもつくよな~」


 意気消沈している男子たちの会話が聞こえる。

 相手もそこそこに釣り合う先輩のようだ。

 ドンマイお兄ちゃん。


 ……ん?


「ねぇねぇちょっといい?」

「お、佐藤おはよー。どしたん?」

「その相手の人って誰なの?」

「あー、確かサトウトモヤっていうすげーイケメンの人だよ」 


やっぱり!


「つーか佐藤先輩って佐藤の兄貴じゃなかった?」

「あ、そういやそうだったよな! 中学時代ヲタボッチ聞いてたけど信じらんねーわ」 


 目の前のクラスメイトの話に適当に相槌を打ちながらも、私の視線はめぐを探していた。

 机にカバンは置いてある。

 会話を続けながらさりげなくめぐにLINEを飛ばす。

 既読はついたが返事はない。


 ホームルーム直前になり、めぐが教室に戻ってきた。


「めぐ……」

「ごめんねゆず。大丈夫だから」


 その後もめぐはいつも通りに明るく振る舞う。

 誰も指摘しなかったけど、その目元は少し赤くなっていた。



 放課後、いつも通り部活に向かう。

 当然だけど部活には新島先輩がいる。 

 めぐ、大丈夫かな。


 私は声を掛けずにはいられなかった。


「めぐ。部活、平気?」

「も~何言ってるの? 今が頑張り時だよ!」

 

 明るく振る舞っているけど、きっと強がってるんだ。

 何か言葉をかけてあげないと。


 私がそう考えているとめぐは一瞬立ち止まった。

 そして声のトーンを落とし正面を向きながら


「私、お兄さんのことは諦める」


 ハッキリと私にそう告げた。 


 予想してなかった訳じゃない。

 それでも突然の言葉に少し動揺してしまった。

 

「新島先輩はすごいよね。勉強もすごい出来るし、次の県大会だってダブルスのプレイヤーで選出されて。それに比べて私は予選落ち」


 黙っている私にめぐは言葉を続ける。


「田村くんと色々あった時もそう。私がもっとちゃんとしなきゃいけなかったのに、そんな私を新島先輩は助けてくれた」

「…………」

「はは、私ってダメダメだよね。私じゃ到底先輩には敵わないよ」



『そんなことないよ!』


 なんて無責任な言葉を言うつもりはなかった。

 それでもめぐの気持ちを思うと辛くなってくる。


「もう~そんな顔しないでよ! ゆずがフラれた訳じゃないんだから~」

「だけど……」

「私は大丈夫だから気にしないで! それにゆずは新島先輩のパートナーなんだから。私はもう応援しかできないけど、練習はゆずと先輩に負けないくらい頑張るからね!」


 いつにも増してやる気なめぐに先導されテニスコートに向かう。

 そして私は、めぐの代わりに新島先輩を計画に組み込むことを考えた。




「新島先輩と付き合ったんだって?」

 

 帰るなり私は興奮気味に問いかけた。 

 するとお兄ちゃんは妙に冷静な口調で


「ああ、詳しい話はあとでするよ」


 と言い、部屋に入っていった。

 もぉ~なによもったいぶっちゃって!

 

 お父さんたちが寝静まるまでの間ずっと、私は話を聞きたくてうずうずしていた。


 コンコンッ

 

 いつもの時間にお兄ちゃんの部屋をノックする。

 ドアを開けた瞬間、私は部屋に入り込み椅子に座って聞く気満々の姿勢を取る。


「今日何があったのか教えて! 新島先輩部活も休んでたし」

「そのことも含めて話すよ」


 今日あった出来事を話してくれた。

 新島先輩が自己顕示欲が強かった事や、1年の時からお兄ちゃんを好きだった事を。


「なにそれヤバイ! 新島先輩マジ乙女じゃん! でもまさかぼっちの時のお兄ちゃんに惚れてたとはねぇ」

「俺もビックリしたよ」

「そのお蔭で私は新島先輩に目を付けられなくてよかったよ。これで本気が出せる」


 学校一のイケメンとヒロインのカップル。

 そのイケメンの妹の私が完璧美少女となれば誰もが注目せざるを得ない。

 二人が付き合った事で私の計画も大詰めだ。 

 

 でも……


「でも、水樹先輩の言う通り嫉妬からの嫌がらせには気を付けた方がいいかも」

「柚希もそう思うのか」

「女子程じゃないにしても、学校一の美少女と元ヲタクぼっちが付き合ったらそりゃ嫉妬されるよ」

「女子はもっとヒドイのか」

「女は怖いよ。昨日まで親友とか言ってたのに次の日にはいじめる側になってるとかザラだからね」


 それを考えると、めぐとお兄ちゃんが付き合っていたらイジメの対象になっていた可能性もある。

 もしかしたらこれで良かったのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせる。


「柚希は大丈夫なのか? それだけ目立つと嫉妬する奴とか出てくるんじゃないか?」

「そこは普段の立ち回りでなんとでもなるよ。誰にでも優しくしたり、それを鼻にかけないとか」



 偉そうな事を言ったけど、自分の言葉に嫌気がさす。

 めぐを応援すると言ったのに、新島先輩と付き合った事を嬉しく思う自分がいる。


「まぁ私の事は置いておいて、お兄ちゃんも色々行動した方がいいよ」

「分け隔てなく優しくしたりとかか?」

「それもあるけど、女子とは仲良くしといた方がいいよ。女子が味方なら男子は女子に嫌われたくないからお兄ちゃんにちょっかい掛けづらくなると思うから」

「そうか、頑張ってみる」


 聞きたい事を聞いて満足した私は自分の部屋に戻った。





 8月のインターハイに向けて練習はより一層ハードになった。

私は連日、通常練習に加えて新島先輩とのダブルスの練習もこなしていった。

 少し遅めに帰宅し、クタクタになった私がベッドに横になっているとドアをノックされる音がした。


「な~に~?」

「ちょっと相談があるんだけど」

「入って~」


 私はベッドに伏せたままお兄ちゃんを招き入れる。


「さっきデートに誘われたんだけど」

「へぇ、よかったじゃん。何か問題なの?」


 私は横になったまま耳を傾ける。


「OKした後に気づいたんだけど、俺の私服はマネキン買いした物と、この間柚希がコーデしてくれた組み合わせしか持ってない。他のコーデはないかなーという相談」

「今持ってる服だとこれ以上のコーデは無理」

「即答かよ!」

「もう付き合ってるんだし正直に言っちゃえば? 新島先輩は去年のお兄ちゃんの事知ってるんだからきっと大丈夫だよ」

「いや、でももう少しやりようが……」

「うるさいなぁ、大丈夫だって言ってるじゃん。私は今忙しいの! ほら出てって!」

「わ、わかったよ」


 そう言うとお兄ちゃんは部屋から出ていった。


 友達と服とか買いに行けばいいのに。

 というか付き合ってからの細かいところまでなんて面倒見切れないし。

 

 あーイライラする。

 今日はもう寝よう。





 お兄ちゃんと新島先輩が付き合った影響なのか、あれだけ集まっていた1年男子の姿がめっきり減った。

 それでもテニス部を見に来る男子は数人いた。

 目当てはどうやらめぐのようだ。


「染谷、俺と付き合ってくれ!」

「ごめんなさい……」 

 

 これで何人目だろう。

 毎日部活終わりに違う男子がめぐにアタックしてはフラれていく。


「ホンット男子ってこりないよね~。ね? めぐ」

「……」

「そうだ! こういう時は甘い物でも食べに行こうか」

「……」


 ここ数日、めぐに元気が無い。

 それも仕方ないか。

 田村の一件があったにも関わらず毎日告白されてたら疲れるよね。

 そう思い再び励ます為に声を掛けようとすると


「ゆず……話があるんだけど、この後時間いいかな?」

「うん、わかった」


 その後、喫茶店に移動し、めぐが重い口を開いた。


「前に友也さんの事は諦めるっていったでしょ?」

「……うん」

「でもね、私やっぱり諦めきれない。友也さんの事が好きなの!」

「めぐ……」


 めぐの声は震えていたが、力強かった。

 私は親友として、めぐの事を分かっていなかった。

 大人しくて受け身なのがめぐだと思っていたけど、根っこの部分はすごく強い。


「だけど、どうしたらいいか分からないの」


 と言いながらめぐの頬を涙が伝う。

 その涙を見て私は決心した。

 めぐを応援しようと。

 

「めぐ、私に任せて! お兄ちゃんとのデートをセッティングするよ。だから自分の気持を伝えなよ!」

「でも友也さんには新島先輩が……」

「このまま気持ちを伝えないで終わってもいいの?」


 正直言ってめぐとお兄ちゃんが結ばれる事はないだろう。

 だけど、それとこれとは別だ。


「わかった……私、自分の気持を伝えるよ」

「うん、頑張って!」

 

 

 喫茶店を出て帰路に就く。

 そしていつもの分かれ道に差し掛かった時


「私……ゆずの友達で良かった」

「私もだよ。でも、友達じゃなくて親友でしょ?」

「ふふ、そうだね」


 と微笑んでめぐと私は帰路についた。

 

 家に帰り、自室でめぐにLINEを送る。

 これで準備は出来た。

 後はお兄ちゃんを説得するだけだ。

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