第4話

 今日はめぐと約束した日曜日、以前のようにウチで会話の実践訓練をする事になっている。



「いらっしゃい。さ、入って入って~」

「お邪魔しまーす」

「今日はありがとね」

「ううん。私でよければいつでも協力するから」 

 

 めぐをソファーに座らせ、お茶を出し、しばらくするとお兄ちゃんが降りてきた。 

 2人は軽く挨拶をし向かい合って座る。

 私は二人を同時に見渡せる位置に座る。

 さて、ここからどういう話題に持ち込むのかな~。


「今日は敢えて学校の制服を着てきたんですけど、どうですか?」

「凄く似合ってるよ」

「有難うございます……」


 と言って顔を赤くする2人。

 あぁもう、見てらんない。


「めぐー、ちょっとこっち来て~」

「なにー?」 

「制服を褒められて嬉しい気持ちはわかるけど、自分から話題提供しちゃダメ」 

「あっ! そっかぁ。ごめん~」


 私が指摘すると、口を一文字に結んでそのまま席に戻った。

 素直なところもホントかわいい。


 その後、お兄ちゃんの観察眼も冴え渡り会話が弾んだ。

 ワンポイントアクセサリーに気づいた時は流石の私も驚いた。


 既に日が落ちかけていたので


「それじゃ、今日はお邪魔しました」


 と言ってめぐは帰っていった。

 お兄ちゃんを呼んで早めの会議をする事にした。


「どうだった?」

「やっぱり兄妹なんだなって思った」


 手ごたえアリと言わんばかりの顔で訊いてきたのでそう答えると、ポカンとした顔をしていた。

 

「どういう意味だ? 兄妹なのは当たり前だろ」

「そうじゃなくて、観察眼の事」

「観察眼?」

「そう」


 以前にもまして観察眼が鋭くなったようだ。

 めぐにはホント感謝しなきゃ。


「私も最初から全部出来てた訳じゃないんだよ。クラスで人気のある子を観察してそれを真似てっていうのを繰り返してきたの。勉強や部活は自分の努力だけどね」

「柚希にもそんな時代があったんだな」


 お兄ちゃんがそれを知らないのも無理はない。

 私が努力を重ねてきた間……そう、『あの日』からずっとひとりで苦しんできたんだから。

 

「昔はとにかくいつも笑顔でいれば周りから避けられる事は無いと思ってたけど、それじゃダメだと思って観察と真似を始めて、そこに自分なりの考えを肉付けさせていく感じだった」


 だけど私が一番参考にしたのはお兄ちゃんなんだよ――。

 昔の事が一瞬頭をよぎったけど、気を取り直して話を続ける。


「それで、私とお兄ちゃんが似てるって話だったけど、やっぱり観察眼が他人より鋭いの」

「まぁ、人間観察位しかやる事なかったしな」

「春休みにお兄ちゃん言ってたでしょ? 口角を上げて笑ったよなって」

「ああ」

「普通の人はあの程度では気づかないんだよ。気づくとしたら観察眼が異様に高い人だけ。だからやっぱり兄妹なんだなぁって思ったの」

「そういう事だったのか」

「だからお兄ちゃんは観察を続けつつ、他の課題に取り組んで欲しいの」

「わかった。俺なりに努力するよ」


 丁度親が帰ってきたので会議は終了した。

 いつも夜にやっている会議は今日は無しにした。




 


「じゃあまたね、お兄ちゃん」

「あぁ」


 朝、いつものようにお兄ちゃんと言葉を交わす。

 高校に入ってお兄ちゃんがイメチェンして以来、学校で見かけたら声をかけるようにしている。

 少しずつ周囲に兄妹ということを認識させるためだ。


 下駄箱で声をかけられる。


「ねぇ佐藤。さっきあんたが声かけてたのってもしかして……」

「お兄ちゃんだけど?」

「ウッソマジで!? キャラ全然違うじゃん!」

「それな! 俺も思った! しかもあの中居先輩と一緒にいるんだもんなぁ」

「中居先輩ってそんなに有名なの?」

「俺、同じ中学だったけど人気すごかったぞ。女子なんてファンクラブあったし」

「なんかわかるかも~。あ、でもアタシは友也先輩の方がタイプかも~」

「だよね~。ねぇ柚希、紹介してよ~」

「アハハ。一応話しとくよ」


 どうやらお兄ちゃんのことを知る生徒も増えてきたようだ。

 一部では、全学年でも一際目立つ中居先輩を抑えて人気を得ている。

 その影響か、妹である私も学年内で目立ちつつあった。




 新学期が始まって3週間が経った。

 部活も交友関係も上々、お兄ちゃんもうまくやってるみたい。

 そんな中計画の要なのは、2年の新島楓。

 

 自他共に認める学校一のアイドルだが、周囲に隠している素顔がある。

 そんな新島先輩と同じテニス部でひいきにされている私とめぐ。

 私の場合ひいきというよりは同盟なんだけどね。


「なぁ染谷! 楓先輩と同じテニス部なんだろ? 俺の事紹介してくれよ~。あ、佐藤でもいいからさ! 頼むよ~」

「あんた何言ってんの? 楓先輩がその辺の一般人相手にするわけないじゃん。だよね佐藤?」


 こいつらは新島先輩を追いかけてきた信者だ。

 私たちがテニス部後輩というだけで勝手な事を言ってくる。

 女子にいたっては新島先輩を慕うような事を言いいながら、内心おこぼれをもらう気満々だ。

 見え透いた浅慮せんりょに呆れて笑えてくるが

 

「どうだろうね~。アタックしてみたら? 新島先輩ホント優しいからワンチャンあるかもよ~」


 と、笑って適当に話を合わせる。

 その気になってはしゃいでる男子とそれをからかう女子。

 そんな光景をめぐは微笑ましく見ている。


 だけど本当の新島先輩は、そこら辺の、ましてや1年男子を相手にするわけがない。

 それほどの影響力を持った人がお兄ちゃんに好意を寄せたのなら、学校中の誰もがお兄ちゃんをリア充と認める事だろう。


 新島先輩とお兄ちゃんの良好な関係を築く。

 そしてテニス部の後輩として私も親しく接する。

 当面の計画はこれでいくことになるだろう。



 放課後部活が終わり、手洗い場で汗を拭っていると


「染谷さん、ちょっといいかな?」

「え? わたし?」

「うん。話があるんだけど付き合ってもらえないかな?」


 と、隣のクラスの田村くんがめぐに声を掛けて連れ出した。

 あの感じだとまためぐは告白されるのだろう。

 と考えていると


「どうしたの柚希ちゃん?」

「あ、新島先輩……」

「よし、私達も行くわよ」

「え? ちょ、ちょっと先輩……」


 一瞬で状況を理解した先輩は何やら難しい顔をして、私を連れて2人の後を追った。


「入学した時からずっと可愛いと思ってた。俺と付き合ってください」

「……ごめんない、他に好きな人がいるんです」

「そんな……誰か教えてよ! じゃないと諦められない!」

「……2年の佐藤友也先輩です」


 それを聞くと、田村くんの様子が一変した。


「はぁ? 冗談だろ?」

「どういう意味ですか?」

「だって、佐藤友也って元ヲタボッチの佐藤友也だろ? 断る為に適当言ってるんだろ?」


 やはりまだお兄ちゃんの事を良く思っていない奴が居るようだ。

 お兄ちゃんのことを悪く言われるとイライラする。

 

「違います! 私は友也さんが好きなんです!」

「はっ! どうせ顔だろ? あ~あ、イケメンはいいよなぁ、顔さえ良ければヲタクでもモテるんだもんなぁ」

「そんな……ヒドい……」


 お兄ちゃんの事だけじゃなく、めぐの事も悪く言うなんて許せない。

 私がそう思うのと同時に新島先輩が飛び出した。

 私も後に続く。


「いい加減にしなさい!」

「に、新島先輩!」

「勝手に話を聞いていたのは悪いけど、今のは言い過ぎなんじゃない?」


 私が言いたい事を新島先輩が言ってくれた。だけど先輩は何に対して怒っているのだろう。

 めぐがヒドい事を言われたから?

 それとも、お兄ちゃんを馬鹿にされたから?

 

「新島先輩には関係ないじゃないですか」

「関係あるわ。染谷さんも佐藤くんも私の大切な友人だもの」 

「っ! 新島先輩が悪いんですよ! 俺の告白を断ったから! だから……」

「だから妥協して染谷さんに告白したっていうの?」

「そうだよ! それの何が悪いんですか!」


 田村がそう答えた瞬間、新島先輩の纏っている空気が凍える様に感じた。

 まずい。新島楓になってる。


「あなたいい加減に――」


 このままじゃアイドルとしての先輩のイメージが崩れる。

 私がなんとかしなきゃ! と思った瞬間


「いい加減にしろよ田村!」


 いつの間にか私の背後に中居先輩が立っていた。


「な、中居先輩、こ、これは……」


 中居先輩の登場に田村がたじろぐ。

 新島先輩も驚いている。

 

「黙って聞いてりゃぁ俺のツレに散々言ってくれるじゃねぇか」

「そ、それは……でも俺はマジで染谷さんに本気なんです!」


 中居先輩は「はぁ」と呆れた様にため息を吐いた後、無言で田村に詰め寄る。

 すると突然、田村の胸ぐらを掴んだ。


「ふざけんじゃねぇ! お前さっき妥協したって言ったじゃねぇか!」

「ぐぅ……くっ、そ、それは……」


 田村は言葉を失う。

 その様子を見て、中居先輩は胸ぐらから手を突き放すと


「次また俺のツレになんかしてみろ、その時は……分かってるよな?」

「すみませんでした!」


 と言って田村はその場から逃げ出した。

 

 私はめぐに駆け寄り、そっと肩に抱き寄せる。

 そして私が中居先輩に頭を下げると、めぐも涙を堪えながら俯きがちに頭を下げた。


「中居ありがとね」

「気にすんな。俺も佐藤のことを悪く言われて頭にきたからな」

「中居も佐藤くんの事認めてたんだ~」

「うっせ! この事は誰にも言うんじゃねぇぞ」

「出た~、中居のツンデレ~」

「あーーウゼ~」


 あの中居先輩があしらわれている。

 貴重なシーンを見ちゃったかも。


「あはは。でもどうしてこんな所に居たの?」

「あっ! やっべ、備品の片付けの最中だったわ。んじゃ俺はもう行くわ」


 と言った走り出したが、途中で止まって振り返り


「新島、今日の事はアイツ等には黙っとけよ。特に田口にはな」

「分かってるって~」


 新島先輩に釘を刺した中居先輩は、今度こそ去っていった。

 

 中居先輩までもがお兄ちゃんを認めているなら計画は順調といえる。

 それに今回の事で、むやみにめぐやお兄ちゃんにちょっかいを出そうと考える1年は居なくなるだろう。

 今回、めぐは可哀想な目にあってしまったけど収穫があった。

 だけど、めぐには二度とこんな目には遭って欲しくない。

 そんなことを考えながらめぐと帰路に就いた。

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