第3話

 高校生活二日目。

 クラスは既に打ち解けていた。

 特に男子は、どの子が可愛いという話題で持ちきりだった。

 2年の新島楓先輩という人が、学校で一番人気らしい。

 



放課後、ジャージに着替え、めぐとテニスコートへ向かう。

 

テニス部の体験入部の合間に、新島先輩と会話した。


「佐藤さん、だっけ? テニスはずっとやってたの?」

「はい。3年間テニス部でした」

「そうなんだ。どうりで筋がいいわね。それに華もあるし」


 そう言ってニッコリ笑う。

 素直に向けられている笑顔ではなかった気がした。

 謙遜することなく私は


「ありがとうございます。新島先輩から褒められるなんて思ってなかったので、嬉しいです」


 と口角を上げて答える。

 先輩は一瞬目を見開いたが、直後に「フフッ」と笑った。


「……佐藤さんとは仲良くなれそうだわ。そうだ、柚希ちゃん、って呼んでもいいかな?」

「もちろんです。これからもよろしくお願いします、先輩」 

 

 その後も入部体験は続いた。

 私とめぐは新島先輩に気に入られたらしく、色々と話した。


 体験入部が終わり、めぐと帰路に着く。

 来週から本格的に部活が始まる。


「優しい先輩ばっかでよかったね~」

「そうだね」

「特に新島先輩! 学校一のアイドルなんて聞いてたから少し怖かったけど、すっごい親切だったよ」

「……うん。そうだね」


 めぐは素直に嬉々として新島先輩に懐いている。

 だけど私の心には何か引っかかるものがあった。

 

 あの人は私と同じかもしれない。

 杞憂かもしれないけど、新島先輩はマークしておこう。


「そうだ、めぐ。日曜日空いてる? また協力して欲しいの」

「うん。いいよ! 私も友也さんとお話ししたいから」


めぐ約束をし、日曜日にまた実戦訓練を行うことにした。





 夜、部屋のベッドで寝転がって考えにふける。

クラスのみんなと仲良くなり、テニス部の先輩からもよくしてもらっている。

 出だしは好調だ。


「新島楓……」


 今一番気になってるのは、学校一のヒロインと名高い2年生の新島先輩。

 同じテニス部だけど話せる時間はあまりないので情報が足りない。

 同じ学年のお兄ちゃんなら何か知ってるかも。

 そんな思惑と共に、いつも通り


〈11時に私の部屋に来て〉


 とだけ書いて送る。

 


 

 11時にお兄ちゃんが部屋に来た。

 新島先輩から明日家に招待されたらしい。

 即決で私も行くと言った。





 

 そして私とお兄ちゃんは今、とても大きな家の前に立っている。

 さすが学校一のアイドル、見るからにお金持ちな家だ。

 怖気づく間もなく新島先輩の自室に招かれる。


 部屋の中央にある丸いテーブルを三人で囲むように座っている。

 三人が三人共顔が見える位置取りだ。


「今日は来てくれてありがとう」

「今日はお招き有難うございます」


 部活でしか関わることのない先輩。

 本当の先輩がどんな人なのか見定めないと。

 私の思うような人だといいけど。

 

「とりあえず何から話しましょうか?」


 声のトーンが落ちた。

 こっちが素の新島先輩か。

 なら私もヘタに取り繕う必要はないか。


「柚希ちゃんが来てるって事は友也君から全て聞いたと思っていいのかな?」

「はい。全て聞いた上で来ました」

「そう」


 たった一言ずつのやり取り。

 私たちにとってお互いの本性を見抜くにはそれで十分だった。


 部活での先輩と、今の先輩の印象差。

 そして、なぜこのタイミングで私たち兄妹にそれを打ち明けたのかを思案する。

 先に沈黙を破ったのは新島先輩だった。


「柚希ちゃんに聞きたいんだけど、今までどういった内容の事をさせてきたの?」


 私は春休みの特訓や新学期に入ってからの課題の事を話した。


「なるほどね~。悪くないわね。でも学校が始まった今では柚希ちゃんのやり方には限界があるわね」

「はい。課題は出せてもサポートは出来ないので。ですから、新島先輩との協力関係は素直に嬉しいです」

「そう言って貰えるとこっちとしても助かるわ。でもいいのかな? 上手くいけば友也君は私と付き合う事になるけど」

「むしろありがたいです」

「ありがたい?」

「はい。二人が付き合う事になればお兄ちゃんは学校一の完璧美少女の彼女持ちになります。そうなれば必然的に妹である私の株も上がりますから」

「そう。ならよかった」

「ええ」


 なるほど、新島先輩もお兄ちゃんをリア充にする事だったのか。

 だったらここは協力した方が私の計画の近道になる。

 おまけにお兄ちゃんと付き合うとまで言っているから、これこそ棚からぼた餅という奴だ。




 その後、水瀬先輩のあだ名の話になった。

 どうやら水瀬先輩をあだ名で呼ぶ事になったらしいが、その過程で水瀬先輩はお兄ちゃんに惚れたっぽい。

 それにしてもここまでお兄ちゃんが天然ジゴロだったなんて……。

 はぁ。

 


 それに加えて二人だけの秘密のあだ名にも関わらず、「皆にはちゃんと説明する」と言い出した。

 全く女心が分かっていないお兄ちゃんに任せていられない。

 新島先輩もそう思ったらしく、お兄ちゃんに力を貸す事にしたようだ。


 水瀬先輩に送るLINEの内容を新島先輩と考える。

 新島先輩と肩を並べて画面を覗く。

 先輩が書く内容は女心のツボを抑えていて、かつ、水瀬先輩のツボも抑えているのがよく分かる。

 やっぱり新島先輩は侮れない。


「新島先輩、これからの課題どうしましょう?」

「ん~、そうね~」


 LINEを送り終えた後も先輩からどんどんアイディアを出してくる。

 今までは警戒していたけど、味方になると心強い。


 

「――それじゃその案でいきましょうか」

「はい」


 その後の話もスムーズに進んだ。


「とりあえず今日はこんな所ね。そろそろお開きにしましょう」


 という言葉で今日の会議は終わった。

 玄関で靴を履いていると


「そうそう、学校では今まで通りでお願いね」


 あくまでも学校では猫を被るようだ。


 



 夜の11時、LINEでお兄ちゃんを呼び出した。

 今日の反省会をした。

 普段の新島先輩との違いに気づいていなかった。どこまで鈍感なのだろう。

 会話の話題作りの基本、相手を観察する事を教えた。

 ここでもう一度めぐの出番だ。


「お兄ちゃんには明日実戦訓練してもらいます!」

「実戦訓練!?」

「そう! 今回もめぐに協力してもらうの。もう約束は取り付けてあるから安心して」

「めぐって春休みに実戦訓練したばかりじゃないか。 訓練になるのか?」


 お兄ちゃんの疑問にチッチッチ! と指を振り


「今回は事前に情報提供しないからね。お兄ちゃんが自分で話題を探すの! これだけでも前回よりかなり難しくなってるよ!」


 と腰に両手を当ててエッヘンッ! といった感じで言う。

 意外にもそれを聞いたお兄ちゃんは余裕がある顔をしていた。

 ちょっと前までは怖気ついていたのに。


「めぐは初めて会う訳じゃないしな。まかせろ!」


 そんな強気な発言で今日の会議は終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る