第2話

 お兄ちゃんのリア充計画に協力を申し出てくれた。

 計画通りにいった事で思わず口角が上がった事をお兄ちゃんは見逃さなかった。


「あ~あ、上手く行ってると思ったんだけどな~。でも、流石の洞察力だね。普通の人なら気づかないんだけどね」

「どこまでが計算なんだ?」

「質問が違うよお兄ちゃん。『何処からが正解』だよ?」


 その言葉を受けてお兄ちゃんは面食らった表情をした。

 そして、躊躇いがちに尋ねてくる。


「もしかして、ギャル達に虐められていたのも?」

「せいか~い」

「めぐは? 親友だって言ってたよな? そんなめぐも利用したのか?」

「うん、利用した」


 ひとつひとつに機械的に答えていく。

 だってもう何も隠す必要は無いんだから。

 そして質問に答える度に、お兄ちゃんの声に熱がこもるのを感じた。


「なんで……どうしてそんな事が出来るんだよ? 親友だって言ったのは嘘だったのか!?」


 お兄ちゃんがここまで感情を露わにするのも久しぶりな気がする。

 それはそれで計画がうまくいっているって事なのだろうけど……。

 よく考えてみたら、お兄ちゃんから責められるって事は今までなかったかもしれない。

  

「うるさい。 お母さんたち起きちゃうでしょ」


 あまりの緊迫感にそう言うしかなかった。

 そしてお兄ちゃんは私の肩を掴んで、怒気を孕んだ声で言った。


「どうしてこんな事したんだよ!?」



 『どうして……?』



 昔のお兄ちゃんに戻って欲しい。

 ただそれだけなのに。

 どうして気づかないの?

 でもそんな事、今は口が裂けても言えない。


 怒りと悲しみが入り混じった、自分でも整理できない感情。

 思考が追いつく前に私はお兄ちゃんの手を振り払っていた。


「お兄ちゃんの所為でしょ!?」

「俺の……所為?」


 何も分かっていないお兄ちゃんに怒りが爆発してしまった。


「そうだよ! お兄ちゃんがいつまでも変わろうとしないから! 中学の時は学校中から嫌われていたお蔭で私は実の兄が学校一の嫌われ者という悲劇のヒロインでいられた。でも高校では精々クラスでいつも一人で居る奴程度。それじゃ私が困るの!」

「どういう意味だ? どうして柚希が困るんだ?」

「はぁ~。もうこの際だから全部言っちゃうけど、私って常に皆から注目されたり、認めて貰いたいんだよね。その為に私は色んな努力をしてきたつもり」


 冷静にならなきゃいけないのに感情が抑えられない。

 計画なんてもうどうでもいい。

 ただ、私の気持ちをお兄ちゃんに知って貰いたい。

 そんな想いで言葉を続ける。


「めぐが学年で2位の秀才なのは知ってるよね? じゃあ1位は誰だと思う?」

「……柚希か?」

「正解、勉強だけじゃないよ? 部活だって全国に行ったのは私だけだし、持久走でも1位だし、その他にも表彰された事は何度もある。私は自分が目立つことなら何でもやってきた。お兄ちゃんの妹の立場も利用して悲劇のヒロインっていう役も演じた」


 お兄ちゃんを更正させる計画だけど、私の自己顕示欲を満たす計画でもあった。


「私ってさぁ、自己顕示欲? っていうの? それが人一倍強いみたいなんだよね~」


「どうして俺を変えようと思ったんだ?」


「悲劇のヒロインは無理だと分かったし、一度経験してるから別の事で注目されたかったんだよね~。そこできづいたの! お兄ちゃんは顔の作りは悪くない。っていうかキチンとすればイケメンの部類に入るってね」


 自己顕示欲の強い私は、自分の兄のビジュアルに目をつけた。

 そして、リア充にする計画が私の欲求を満たす事に繋がると気づいた。

 

「だからお兄ちゃんを学校一のリア充にすれば、私はイケメンリア充の妹って事で注目されるんじゃないかってね。そこで一芝居打ってお兄ちゃんを焚き付けた訳。そしてまだ途中だけど結果は上々。気づいた? めぐ、お兄ちゃんに惚れてたよ?」


 自分に好意を寄せている女子がいる。

 しかもめぐは私も認める美少女だ。

 その事実を突きつけられ、お兄ちゃんは明らかに動揺していた。


「その様子だと気づいてなかったみたいだね」

「いやいや、今日初めて会ったんだぞ? 確かに会話は楽しかったけど、それだけで惚れるか?」


 お兄ちゃんは全力で否定するが


「それだけお兄ちゃんがイケメンに変わったって事だよ。特訓の成果だね」

「あ、でもまだ特訓の途中だから調子に乗らない様に!」

「まだ……続けるのか? 俺に計画を知られたのに」

「当たり前じゃん! こんなんじゃ全然満足できないもん!」


 私は堂々と言い放った。


「俺が嫌だといったらどうするんだ?」

 

 私は冷たい微笑みを浮かべて言った。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんは絶対に私に協力する。もう引き返せないよ?」




 そして迎えた新学期、お兄ちゃんより少し遅れて家を出る。

 お兄ちゃんが校門の前でぼーっとしていたので、後ろから


「な~に黄昏てんの? お兄ちゃん」

「いや、春休み色々やってきたけどちょっと不安になってな」

「大丈夫だって! 私がプロデュースしてるんだから!」

「凄い自信だな」

「まぁね~」


 なんて話していると


「おはようございます!」


 と小走りで近くにまで来てめぐが挨拶をする。


「おはよう、めぐ」

「おはよ~」


 染谷恵美そめやめぐみ

 中学からの付き合いで、私の一番の親友。

 めぐには何でも話せるしいつも感謝している。

 この間はお兄ちゃんの特訓にも付き合ってくれたし。


「あ、その制服かわいい~」

「何言ってるの。めぐだって同じ制服でしょ」

「アハハ、そうだったぁ」

 

 少し抜けている部分があるけど、外見の可愛さも相まってそこがいいと言う男子も多い。

 私の他に注目されてる子が居るなんて許せない。

 ……なんていつもなら思うんだけど、めぐだけは全くそれを感じないんだよなぁ。

  

「ゆず、制服似合ってるよ」

「ありがと。めぐも似合ってる」

「ふふ。ゆずに褒められると嬉しい」


 めぐはいつも私を信頼してくれる。

 それが嬉しいし、私もめぐを信頼している。


「じゃあ俺は教室行くから」

「頑張ってねお兄ちゃん」

「はい、頑張ってください」


 そう言って、私とめぐも一年生のクラス割を見に行く。

 掲示板の前は人で溢れかえっていた。


 めぐと一緒に始める新しい学校生活が純粋に楽しみで仕方がない。

 私たちはワクワクしながら校舎に足を踏み入れた。

 

 教室は既に賑わっていた。

 黒板に貼られた座席表を見て自分の席に座る。

 めぐとは丁度隣同士だ。


 先生が入ってきて軽い挨拶と説明をされる。

 生徒同士の自己紹介の時間になった。


「佐藤柚希です。咲崎中学から来ました。テニス部に所属する予定です」


 その後、先生が出て行った途端に教室が騒がしくなる。

 どこ中出身か?

 あの先輩は知ってるか?

 あの駄菓子屋言ったことあるか?

 共通の話題を見つけては盛り上がり、既にいくつかのグループが出来上がっていた。


「ねぇ、佐藤さんと染谷さんって咲崎中だったんでしょ?」

「うん、そうだよ」


 私とめぐの周囲にも数人の女子が集まってきた。

「私の友達が咲崎中に居たんだよね~。山田秋子っていうんだけど」

「えー! 秋子ちゃんの友達なんだ~」

「うん、そうなの。じゃあさ、咲崎中の佐藤友也って知ってる?」


 お兄ちゃんの名前を聞いて、場の空気が少し変わった。


「あー! ウチ知ってる。根暗の佐藤の事じゃね」

「アタシも知ってるわー」

「それで秋子から聞いたんだけど、その佐藤友也って高校ココらしいよ」


 皆の反応に、一瞬心臓が跳ねた。


「うん、それも知ってるよ。仲良いから」


 敢えて兄という事は伏せて相槌を打つ。

 根暗でヲタクの有名人と私が知り合いという事にみんな驚いていた。

 

「へぇ~そうなんだ。意外」

「柚希ちゃん可愛いのにね……あ、別に深い意味はないよ!」

 

 みんな直接的な言い方はしていなかったけど、佐藤友也のイメージを持っているようだった。

 好きなだけ言わせておけばいい。

 だって、根暗でヲタクなお兄ちゃんはもういないんだから。


 私はただただ笑顔でその場を過ごした。


 ――――――

 ――――

 ――


 夜の11時、私の部屋にお兄ちゃんを呼び出した。


「で、今日は学校でどうだった?」


 早速、一日中気になっていた事を訊いてみた。

 特訓の成果はちゃんと出たかな?


「……という事があった」

「やったじゃん! 初日にしては大成功だよ!」


 と私に褒められるとお兄ちゃんは照れていた。


「ありがとう、柚希のお蔭だよ」


 と素直にお礼される。


「お礼言うのは早いよ。私言ったでしょ? お兄ちゃんを学校一のイケメンリア充にするって。だから今の段階で満足しないで」


 昼間の事を思い出し、少し強めに忠告する。

 過去のお兄ちゃんを知っている人も少なくないし、油断していられない。


「あ、ああ分かってる」

「なら良し!」


 その後、これまでの特訓の経過や今後の課題について話した。


「もうこんな時間だ。取りあえず今日はここまでね」

「え? いやちょ……」

「頑張ってね! 明日の報告楽しみにしてるから」


 と最後に満面の笑みを見せて無理やり終わらせた。


 学校でのお兄ちゃんについては、当面の問題はないだろう。

 イメチェンした佐藤友也に驚愕するみんなの顔が目に浮かぶようだ。

 それよりも今は、明日のテニス部見学が楽しみだ。


 私はワクワクしながら眠りについた。

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