第71話 白馬の王子様

「おい天華、どういうことだよ。お前ふざけてんのか…」




声が震えていた。他でもない、自分の喉から発せられた声だというのに、まるで抑えが効かなかった。体もブルブルと震え出し、少しでも意識を手放したら、俺は目の前の女に殴りかかってしまうだろう。


そんな確信がある。元々天華に対する怒りが蓄積されていたのかもしれない。


幼馴染だから、好きなやつだったからと無理矢理自分を納得させ、強引に蓋をしてきた感情が今にも溢れ出ようとしていたのだ。


散々我慢してきたというのに、積み重なり続けたナニカがもういいだろと耳元で囁いている。




それだけ天華の放った言葉が、俺の神経を逆なでたのだろう。自分でも意外なほどの怒りがこみあげてくる。俺の気持ちを踏みにじられたことは元より友人を侮辱されたことが大きかった。


俺は西野なら仕方ないと思った。あいつなら確かに天華が好きになってもしょうがないと思ったし、西野の名前が出た瞬間、俺は自然と自分が勝てないことを悟ってしまったほどのやつだからだ。


実際、そう感じたのは間違いではなかったと確信してるし、西野の手助けで助かったことがあるのは記憶に新しい。


俺のなかで西野はとても頼りになる友人であるのと同時に、ひとりの人間として尊敬していた。


あんなふうに俺もなりたいと、密かな憧れも抱いていたのだ。




そんなやつのことを、西野なんかだと?お前も助けてもらったというのに、恩人に対する態度がそれか。好きだと言った相手にそれなのか。


俺を散々こけ落として、思い切り振ったというのに、西野まで馬鹿にするとか、お前は何様なんだ?


お前、いつからそこまで偉くなった?顔がどうこうとか、可愛いだけでも充分だろ。そこで引き下がっとけよ。


それとも天華、お前はそれだけじゃまだ満足できないのか?




「ふざけてなんていないわよ…そもそも、西野くんのことは誤解だったの」




「はぁ?誤解だと?」




ますます天華の言うことが分からなくなっていく。


誤解もクソもないだろ。俺はお前が西野を好きだと確かに聞いたぞ。それこそ夢で延々とリピートされるくらいにな。




「意味わかんねーこと言うなよ。じゃあなにか?俺の耳が腐ってたとでもいいたいのかよ」




「違うの!私はそもそも西野くんのこと好きなわけじゃなくて!」




「もういい加減、黙ろうか天華ちゃん」




次の瞬間、琴音が天華の胸ぐらを掴み、ブロック塀へと押し付けていた。


未だショックは冷めやらないが、俺もようやく起き上がると、天華たちに向かって近づいていく。




「離しなさいよ、この…!」




「離さない。さっきからよくもまぁあんなことベラベラ話せたものだね。まだゆきくんのこと傷つけるなんて、私が甘かったよ。もっとハッキリ言っておくべきだった。あなたはいったいどこまでひどい子なの…!」




琴音はさらに力を込めているようだ。「ぐっ!」と天華が苦しげな声を漏らすが、それに構まず怒りで燃える瞳で今も天華を睨んでいる。




その姿を見て、俺は悲しくなった。


もちろん天華に対する怒りは冷めてなどいない。むしろますます燃え盛っていたのだが、琴音がそんな顔をしていることが、無性に胸を締め付けられたのだ。


琴音はこんな顔をする子じゃなかったのに。


いつも優しい笑顔を浮かべていて、それがとても似合う子なのに。




琴音にこんな顔をさせる天華のことが、今は憎くてたまらない。




「琴音、ちょっと落ち着いてくれ。天華にはまだ聞きたいことがある」




俺は琴音の肩に手をかけた。ひとまず落ち着いて欲しかったし、これ以上こんな琴音の姿を見るのは辛い。




「ゆきくん、聞かなくていいよ。これ以上天華ちゃんの話しに耳を貸す意味も、価値なんてものもない。今のこの子は、自分に都合がいいことしか話さないんだから」




「それでも、俺は知りたいんだよ」




天華の考えが分からないままここを去ることや、二人の諍いを黙って見ているだけなんてできない。


天華にしか分からない事実があるというのなら、俺はそれを知っておきたかった。




「…ゆきくんがそういうなら、わかったよ…」




「悪い。ごめんな、琴音」




俺の願いは琴音に届いたようだった。不満げながらも琴音は天華から手を離して距離を取る。琴音には話しが通じるという事実が、俺を安心させていた。


天華との会話の後だから尚更だ。


あいつと話していると、まるで宇宙人と会話しているような気分になっていた。


今もほら、何故か俺をキラキラした目で見てくるじゃないか。ついさっきまでなにがあったかなど、忘れてしまっているかのようだ。その姿に、吐き気がした。




「雪斗、私を助けてくれるの…?」




やめろ。そんな目を俺に向けるな。


俺はお前のヒーローでもなんでもない。そもそも俺はお前を救う気なんて、これっちもありゃしないんだよ。




「助けるもなにもない。俺はお前に聞きたいことがあるんだ」




断じてお前のためじゃない。俺が納得したいから、それを聞くんだ。


だから、そんな目で俺を見るなよ。




「うん、なんでも聞いて!私ちゃんと答えるから!」




まるで、白馬に乗った王子様を見るような目で、俺を見るな。

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