第69話 宣告

「違う。俺は、お前といても楽しくない…」




混乱した俺の頭がなんとか捻り出したのは、結局否定の言葉だった。




「雪斗、いい加減素直になりなさいよ。いつまでも意地張っててどうするのよ」




そして壊れた人形のように天華はまた繰り返す。終わらない堂々巡りが続いていく。


このままふたりで会話してると、こっちの頭がおかしくなりそうだ。




「いい加減にするのは天華ちゃんのほうだよ。このままじゃ学校遅刻しちゃうんだけど」




そんな俺たちの間に割って入ってきたのは琴音だった。


二人目の幼馴染の介入に、俺は思わずホッとする。情けないが、流れがこれで変わるとつい期待してしまった。




「琴音は口を挟まないで。これは私と雪斗の問題なの」




だけど、琴音の忠告を天華は無視した。


琴音の言い分など聞く気もないとでも言いたげなその姿に、俺の堪忍袋もいい加減限界だ。




「あのね、私は無関係じゃないし、天華ちゃんには…」




「いいよ、琴音。もうハッキリ言うことにする」




琴音も怒りが溜まっていたであろうことは分かっている。


だけど時間もかなり差し迫っているし、おそらくこれ以上琴音がなにかいったところで天華が言うことをきくとは思えない。


俺は琴音の言葉を遮り、改めて天華を見据えた。




「最初からこうすれば良かったんだ。天華、確かに俺はお前に言いたいことがあったよ」




「やっぱり!もう、雪斗ったら素直じゃないんだから」




天華は顔を赤らめている。こういうことだけは素直に聞くんだなと呆れてしまう。


まあいい、すぐに終わることだ。


なにに期待しているのかは知らないが、多分天華の期待通りの言葉を吐き出すことはないだろう。


天華の頭の中の俺がなにを天華に囁いているかは知らないが、ここにいる俺にはできそうにない。


一度大きく息を吸い込み、決意を固めると、俺はゆっくりと口を開いた。




「天華、俺はもうお前のことが好きじゃないんだ。これ以上、俺に構わないでくれ」




そう告げた。胸の奥に溜まった僅かな膿が流れるように、外へと開放されていくのを感じる。


おそらく俺はこの一ヶ月、ずっと天華にこの言葉を言いたかった。


だけどケジメを付けるのが先だと思い、言えずにいたのだ。


半ば勢いに任せたとはいえ、ようやく決別の言葉を言えたことに対する満足感が俺を襲うが、天華は違った。




「うそ、よね。雪斗…」




全てに絶望したような、心から聞きたくなかった言葉を聞いてしまったかのような、そんな顔をしていた。


だけど天華、お前にそんな顔をする資格があると思ってるのか?


俺なんて一晩中吐いたんだぜ?ずっと泣いて、後悔だってし続けていた。


だけどお前のことが好きだったから、天華の恋路を手伝おうと決めたんだ。




俺が馬鹿なのは間違いないけど、告白を断った相手にあんな提案をしてきたお前は大馬鹿野郎だ。


突き放しもせずお前に従って、盗撮のときも庇おうとしたのは事実だけど、だからといって人の気持ちが変わらないと思っていたなら、それは甘えが過ぎるというものだろ。




人は変わるんだ。もちろんその気持ちだって変わっていく。


誰かに永遠に好かれようだなんて、そんなことは思い上がりだ。その想いを胸に秘めているならともかく、俺は告白したのだ。天華と両想いとなり、恋人になれると期待を込めて、長年秘めていた想いを告げた。


その想いを無下にされたというのなら、無理だろ。




大抵のやつは告白を断られたなら、次の恋を探しにいく。


胸の痛みを抱えたまま、それがいつか癒されることを願って、自分と想いが繋がる相手をみつけようとするのだ。




そして俺は見つけた。琴音のことをようやく気づけた。


俺の好きな子は、琴音なんだ。


だからお前にこれまで付き合っていたのは、違うんだよ。




「だって、私のことを好きだからこれまで一緒にいたんでしょ!わ、私を助けようともしてくれたじゃない!」




「そうだな。だけどそれは、ああすれば丸く収まると思ったからだ。天華のためというよりは、俺の自己満足のためにああしようと思ったんだ。中学のときとは、違うんだよ」




西野の手助けによって事なきを得たが、そうでなければ俺は天華を確かに助けただろう。


だけど、結局あれは俺の独りよがりだった。そこに愛だの恋だのといった綺麗な感情があったわけじゃないことに、俺は気付いた。誰かに話してなんとかなるならそれが一番いいに決まっている。


俺が選ぼうとした選択は、最悪の選択といってもいいものだった。もう選ぶことはないだろう。


きっと、俺が天華を直接救うようなことはもうない。


俺ではない誰かがきっと、天華を救ってくれるはずだ。




天華の中に俺の居場所がなかったように、俺の中にも天華の居場所はもうないんだ。




俺は琴音が好きだ、俺の中には琴音がいた。




「そんなぁ…」




「行こう、琴音」




俺は琴音の手を取り歩き出す。天華は立ち止まったままだが、止まることはしない。




「ゆきくん…」




「俺が大事なのは、琴音だから」




心配そうに後ろを見る琴音に、俺は囁いた。


天華に聞こえないよう、小さな声で言ったつもりだが、琴音はコクンと頷いてくれる。




「…やっぱり、琴音を選ぶんだ」




後ろを振り返るつもりはなかった。一瞬止まりそうになった足も、強引に動かして前へと踏み出していく。その時だった。




「取られる、くらいなら…」




「っつ!ゆきくん!」




天華の小さな呟きと、琴音の叫びが重なった。


なんだと思い、振り返るも遅かった。いきなり駆け出してきた天華に琴音は弾かれ、油断していた俺はぶつかってきた天華の体重を支えることなどできるはずもない。そのままもつれるように、俺は地面へと叩き付けられた。




「ぐぇっ!」




肺が空気を吐き出していく。全身に痛みが走るが、俺にできたのは、かろうじて頭をコンクリートにぶつけないように浮かせることだけだった。


その反動か、あるいは馬乗りになった天華に押さえつけられているからか、俺は身動きが取れそうにない。


唯一動かせる眼球で、天華を見つめることしかできないのだ。




「私の、私だけの雪斗にするんだ…」




いつかのように、暗く澱んだ瞳をした天華の姿を、見つめることしか。


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