第54話 あなたには見えてない
「いや、違うかな。ゆきくんは天華ちゃんのものじゃないし、身を引いて欲しいっていうほうがきっと正しいよね」
ひとり納得したように頷く琴音。その姿が、また私をどうしようもなく苛立たせる。
明らかに余裕があるのが見て取れた。私なんて、まるで相手じゃないとでも言いたげだ。
「なんで私が引かなきゃいけないのよ!それをするのは琴音のほうでしょ!」
苛立ちを抑え切れなかった私は、昂ぶった感情に身を任せたまま激情を吐き出していく。
この激流にも似た想いを後押しするものが私にはある。それは雪斗に告白されたという決定的な事実だ。これがある限り、私の有利は明らかだった。
私は琴音に勝ったんだ。雪斗に選ばれたのは私だ。
だからそんなことを言われる筋合いなんてない。琴音は負けたんだ。泥棒猫を目論むだなんて、往生際が悪すぎる。
選ばれることのなかった琴音が、潔く引けばそれで済む話だ。それがずっと昔から続く、恋愛における絶対的な理なのだから。
それに私は、ずっと努力してきた。
雪斗に好かれるように、可愛くなろうと頑張ってきた。
別に私は自分の顔が好きというわけじゃない。だけど、これがあったから雪斗だって私の側にずっといたし、いつの間にか明確なアイデンティティーにもなっていた。
私が明確に琴音に優っている、唯一にして絶対的な長所でもある。
それでも顔が可愛いだけなんて、絶対言わせない。オシャレも頑張って覚えたし、雪斗好みの子になろうと努めてきたんだ。持って生まれたものに釣り合うように、それ以外のことも、ずっと頑張ってきたんだから。
だというのに、せっかくの私達のデートを追いかけてきて、邪魔をして。
これが許されることだとでも?そんなことはありえない。雪斗だって、そんな子を好きになるはずがないんだ。
「うん。だからそうしたんだよ。一度はね」
「嘘だ。だったらなんで今さら―――」
こんな、直接私に喧嘩を売るような真似―――!
「諦めて、私はゆきくんの背中を押したんだよ。天華ちゃんに告白してあげてって。きっと両想いだからって。でも、それを踏み躙ったのは天華ちゃん。あなたなんだよ」
「え…?」
あの告白は、琴音の…?
それを聞いて、私の中でカッと燃え上がるものがあった。
「そんなはず、ないでしょ!デタラメ言わないでよ!好きな相手を他の誰かに取られて、それでいいなんて、思うはずない!」
そうだ。そんなのおかしい。
だってそんなの、辛いだけだ。好きな相手が振り向かないからって、他の女のために背中を押せるはずがない。あんなの、物語のなかだけの話だ。他人事だから外から見れば綺麗だけど、自分の立場になったらできるはずがないんだ。
琴音だって美人な子だ。プライドだって、少なからずあるはずなんだから。
雪斗の性格だって琴音は熟知してるんだし、いつか付き合える可能性はゼロじゃないと思ってたから、あんなに執着してたんだと思ってた。
自分にもチャンスがきっとあるはずだから、側にいたんだと。だから私はずっと琴音を警戒してた。私だってそうするだろうから。
それなのに自分からそのチャンスを投げ捨てた?そんなこと、絶対有り得ない。
私なら無理だ。雪斗が他の誰かのものになるなんて、考えただけで寒気がする。そんなことは許せないと、心のどこかが叫んで張り裂けそうになる。
琴音だって、それは同じはず。だから、だから私は…
いつか取られるのが怖くて、あんなことを言ってしまったのに…!
だから認められない。認められるはずがない。
琴音に譲ってもらったなんて、お膳立てしてもらったなんて、絶対に認められるはずがないじゃないの…!!
だというのに。私は琴音をライバルだと思って、負けないよう強く強く琴音を睨んでいるというのに。
私を見る琴音の目は、どこまでも冷めたものだった。まるで敵とすら思っていないような、つまらないものを見る目で私を見ていた。
「本当に、変わらないね。天華ちゃん。あなたは昔から、なにも変わっていないんだね」
もう一度、穏やかな声で琴音が言う。繰り返すように、諭すように。
まるでワガママを繰り返す子供に、躾を施すように、私に言うのだ。
「あなたは何も見ていない。ゆきくんのことを見ていない。今の天華ちゃんは、自分が見たいゆきくんだけを見ているんだよ。だから、彼の心が分からない」
対等な恋敵としてではなく、教えを授ける母親であるかのように。
「天華ちゃんのことをゆきくんが幸せにしてあげるというのなら、それでいいって思ってた。そうして天華ちゃんも成長して、二人が寄り添って歩いてく姿を見れば、きっと私は満足だって。そう自分に言い聞かせてきた。でもね―――」
どこまでも穏やかな声で、私に語りかけてくる。
だというのに、その言葉は私に重りとなってのしかかっていく。
どこまでも重みを持って、私の中に溜まり続けてしまうのだ。
「あなたはゆきくんの幸せを願えない。天華ちゃんは自分が幸せになることしか考えていない。そんな子と付き合ったら、私の好きな人はきっと不幸になる」
そんな、そんなこと…
私はちゃんと、雪斗のために、ずっと…!
「だから決めたの。もう我慢なんてしない。私がゆきくんを幸せにするって。天華ちゃんじゃ無理なんだよ。はっきり言うけど、私は女の子としての天華ちゃんを見限った」
その言葉に今すぐ反論したい。そんなことないと叫びたい。私のほうが、琴音よりも雪斗を幸せにできるのだと言いたかった。
だけど、琴音はそれすらさせてくれなかった。私に向けられた琴音の目が、どうしようもなく怖かった。
心の底にいる、臆病な私を見透かしているようで。
そんなことできるはずがないと、全部分かっているみたいで。
私はなにも言えなかった。
「だからね、天華ちゃん」
なのに琴音は、話し続けることを止めてくれなくて。
「あなたには身を引いて欲しい。天華ちゃんの存在は、ゆきくんを悲しませるだけだから」
言葉のナイフを、私に向かって刺し続ける。
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