第55話 勝ちヒロインだった少女は負けヒロインに裁かれる
「そうだ、これも聞いておきたかったんだよね」
なにも言えずにいる私に、琴音はまだ言いたいことがあるようだった。
反論の言葉が上手く浮かんでこない今の私は、サンドバッグと変わらない。
口を開くこともままならず、先の言葉を紡げずにいる。
だからだろうか、琴音の言葉が止まることなく紡がれるのは。
噴火前の火山のごとく溜まりきった鬱憤をぶつけるかのように、その言葉は私を未だ刺し続けてくる。
ザクザクと私の心を、抉るかのように。
「ねぇ、なんでゆきくんに好きな人がいるなんて嘘をついたの?あの嘘がなければ、そもそも私は動くことなんてなかったのに」
だけど、これだけでは終わらない。
私にとって、一番触れて欲しくない急所へと、その刃を突き刺してきたのだ。
「そ、それは…」
「まぁなんとなく分かるけどね。天華ちゃん、臆病だもの」
二の句を繋げない私に、琴音はため息をつきながら呆れた声をあげている。
まるで全てお見通しだとでも言いたげだ。それが本当に腹立だしい。
私には分からないことを、琴音は分かっているんだ。
同じ時間を過ごしてきたことには変わりないはずなのに、どうしてこうも…!
そんなどうしようもない苛立ちと悔しさが、私の心を蝕んでいた。
琴音と私には、数字の上では明確な差なんてなかった。
中学の頃は勉強や運動だって、そう成績は変わらなかったと記憶している。
背は私のほうが高くて、琴音は少しだけ低いことも覚えてた。
胸は…少しだけ、本当に少しだけ琴音のほうが発育がいいだけだ。私だっていずれ大きくなって、琴音を超えることだろう。少なくとも表面上は、私達は互いに対等な友人として、これまで付き合い続けてきた。
だけど目に見えない部分では、明確に私のほうに分があったのだ。
私のほうがずっと多くの人から好かれているし、愛されている。それは明白だ。
意図したものではなかったとしても、完璧ともいえる高校デビューを果たしてしまった私は学校カーストにおいて、完全に上位に位置していたのだから。
それに対して琴音の立ち位置は控えめで、普段話すような友達だって文芸部を含む文化系の部活に所属している子が大半の、大人しめのグループの子ばかりだと聞いていた。
それだけでも分かることだが、カーストにおけるその位置は、決して高いとはいえない。可愛いだけではなく、コミュ力だって重要な要素だ。
友人だって私のほうがずっと多い。私と琴音、どちらと仲良くなりたいかと聞かれれば、多くの人が私のほうだと答えるだろう。
私が上だ。私は琴音に勝っている。
たとえ琴音が見限ろうが、関係ない。私が琴音に負けるはずなんてないんだ。
そのはず、なんだ。
「ほら、またそんな顔をしてる。すごく分かりやすいよ。天華ちゃんって、すぐに顔に出るものね」
やっぱり相変わらずだね、などと言いながら、琴音はクスクスと笑っている。
どこまでも余裕ありげな表情だ、それが私の胸を掻き毟る。
なにが分かるっていうんだ。私はなにも言ってないというのに。
琴音になんて、私の気持ちが分かるはずが―――!
「当ててみようか。天華ちゃんは怖かったんじゃないかな。ゆきくんを誰かに取られちゃうのが。取られるくらいなら、幼馴染としての距離をとっていたかった。だからゆきくんを拒絶した。そうでしょ?」
「…っつ!」
分かるはずがないのに。
なにも、言ってないのに。
私の考えは、琴音には筒抜けだった。
「その顔を見ると、正解だったみたいだね。さらに言えば、好きなことには変わりないから、なにかの方法でゆきくんを縛り付けて、無理矢理手元に置こうとしたってとこかな。そうすれば、少なくともゆきくんは天華ちゃんから離れていくことはないもの。違う?」
「なん、で…」
なんで、分かるのよ。
私には、アンタの考えなんて分からないのに。
「分かるよ。ずっと二人を見てきたもの。ゆきくんだけじゃなく、天華ちゃんのことも私はちゃんと見てきた。だから天華ちゃんが私をどう思っていたのかも、なんとなく分かってたよ」
その声には寂しさが滲んでいた。胸の奥がズキンと痛む。
そんなことまで、見透かされていたのか。
「天華ちゃんは自分のことしか見てなくて、それが寂しくもあったけど、私にとってあなたは、大切な幼馴染だった。天華ちゃんからすれば不本意かもしれないけど、私からすれば手の掛かる妹みたいに思っていたんだよ。だから、いつか変わってくれるって信じてた。ゆきくんの想いを受け入れて、幸せになって欲しかった。私は天華ちゃんになら、負けても良かったんだよ」
でも、と琴音は一度息をつく。
「天華ちゃんはなにも変わらなかった。ゆきくんが関係を進めようと踏み出したのに、それに応えようとしなかった。あなたは見えないなにかに怯えて、自分が傷付くことを恐れて、勇気を出したゆきくんを傷付けた。そして天華ちゃんはそのことに気付いてすらいない。私は、それが絶対に許せない。同じ人を好きになったのに、どうしてそこまで傷付けることができるのか、理解できない。あぁ、もう全く本当に―――」
「どうしようもなく、身勝手な子」
心の底から軽蔑したような、冷めた声。
いつも穏やかな琴音から発せられたものとは思えない。
それに合わせたかのように私を見る琴音は、冷たい目をしていた。
―――私が琴音に、こんな顔をさせたのだろうか
私が知るどんな子よりも優しかった琴音から、こんな視線を向けられてる。
その事実が、なによりも私の胸の深い部分を抉り抜く。
―――琴音はいい子だったのに。いつも後ろから私や雪斗を支えてくれて、ずっと橋渡しもしてくれて。
そんな子だから、自分から身を引いてくれたのもきっと本当なのだろう。琴音はそういう子だと、分かっていたのに。
この時になって、私はようやく気付いた。
間違っていた。わたしはきっと、間違っていたんだ。
これまでずっと目を背け続けてきた、琴音に対する嫉妬と劣等感。それがきっと、私の目を曇らせていた。
だからあんなことを言ってしまったのだと、私はここでようやく気付いたのだ。
だけど遅すぎたんだ。私がやったこと、言ってしまったことは、もう取り返しのつかないものだということだった。
本当に大事なものを失くしてしまったことに気付くのが、私はあまりにも遅すぎたのだ。
もう時計の針は戻らない。だからもう、受け入れるしかないんだ。
「なにも言い返さないんだ。じゃあはっきり言ってあげる。誰も言わないのなら、私が言ってあげるから」
―――ああ、私は本当に
「あなたのこと、心の底から見損なった。あなたは最低だよ、天華ちゃん」
琴音から、見捨てられてしまったのだと
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