第49話 揺らぐ炎
「んー…これはちょっとイマイチね。サイズも合ってないかも。ワンサイズ小さいほうが見栄えいいと思う」
「そう…」
「次はこれを着なさい。雪斗には多分ネイビーのほうが合ってるし。中学の頃はいつも黒い服ばっかだったから、こういうジャケットも着て欲しかったのよね」
「はい…」
俺は矢継ぎ早に繰り出される天華の品評に頷きながら、渡されたテーラードジャケットを手に取った。
もう一時間はずっとこんなことを繰り返している。
これではもはや作業だ。はっきり言って全然楽しくない。
とりあえずなすがままになっているが、天華から渡される服はぶっちゃけ俺の好みには合っていなかったというのもある。
いいじゃん、黒。俺は落ち着いた色が好きなんだよ…そういう意味ではネイビーカラーも好きだし悪くはないが、これボタン付きすぎじゃないか?もっとシンプルなほうがいいんだが…
カーテンを閉める直前、俺は天華の足元に置かれたカゴと大量の袋をチラリと見る。
そこには数点の衣類が重なって放り込まれていたが、黄色のシャツだのワインカラーのジャケットだのと、割と派手目な色が多い。
いかにも天華の好みそうな色だ。まぁこの着せ替え人形状態も、モロに天華の趣味が反映されていて、俺の意見などないに等しい。
天華曰く、「雪斗の趣味に合わせていたらいつまで経っても似たような服がローテするだけ」らしいのだが、まぁ確かにそこは反論しづらいところだった。
とはいえ、俺にも多少は選ぶ権利はあるはずだ。金を出すのは俺なんだし、文句を付けられる謂れはない。
その旨を告げたところ、明らかに不満そうな顔をして、最後に一着くらいならとしぶしぶ妥協していた。そんなに嫌なのかよ、俺は着せ替え人形じゃないんだぞ…
だいたいお前と一緒に歩く機会なんて、多分これからはほとんどないし、こんな天華好みのコーディネートされても正直着るかどうかかなり微妙だと、思わず言ってやりたくなる。
(とはいえ、あっても損をするわけじゃないしな…)
内心渋々ながらも頷いているのは、元々俺の私服が少ないからというのもあった。
今まで興味がなさすぎたのだ。これからの季節を考えるとまだ何着かは持っていたほうがいいかもしれない。
「今度西野も誘って出かけてみるか…」
西野ならなんとなく俺に合う服についてもアドバイスしてくれそうな気がする。
元々そのうち遊ぶ約束もしていたし、いい機会かもしれない。
ついでに天華の話も振れたら万々歳だ。なんだか西野に天華を押し付けるようで申し訳なくもあるが、これくらいならおそらくセーフだろう。
俺は今日何度目かのため息をつきながら、ジャケットを羽織ることにするのだった。
「うん、いいじゃない。結構様になってるわよ!さすが私ね!」
「そうだな、天華はさすがだよ。店員さんも褒めてたし、やっぱりセンスいいんだな」
当然よ、なんてふんぞり返る天華をおだてながら、俺は着替えたばかりのジャケットを見つめていた。
夏が近いこともあって、七分袖の薄手のジャケットを購入したのだが、なんていうか結構派手だ。
俺だったら絶対買わない種類のものであり、なんとなく落ち着かない気分になる。
そんな俺とは反対に、上機嫌になった天華は楽しそうにこれからの予定を口にする。
「せっかくだからなにかアクセも買いましょうよ。そこもいいお店を知ってるの。値段はそれなりだけど悪くないし、せっかくだからペ、ペアリングとか…」
「おい、ちょっと待て。俺アクセサリーとかいらないぞ」
勝手に話を進められそうになり、俺は慌ててそれを止めていた。
アクセサリーってあれだろ?ネックレスとかバンドとか、いかにもチャラい大学生がつけてるやつ。
思い浮かぶのはやはり露天で売っているようなシルバーアクセだが、金属をジャラジャラさせるのはぶっちゃけ趣味じゃない。肌に違和感もあるし苦手な類だ。
服装に関してはまだ妥協できるが、そっちに手を出すつもりはまだなかった。
俺がやっているのは所詮リア充の真似事だし、とりあえず見かけがそれなりに整えば今は充分だからだ。
今の口ぶりだとそれなりに値も張るようだし、財布にこれ以上ダメージを負いたくないというのもある。
「なんでよ。あったほうが絶対いいのに。そっちのほうが女の子にウケがいいんだから」
「そうかもしれんが、俺はいいよ。ああいうのつけるのは趣味じゃないんだ。財布も怪しいし、またの機会に取っておくことにする」
「ああ、お金ないの?それなら先にいえばいいのに。私が払うから気にしないでいいわよ」
「そういうことじゃなくてだな…」
言外に嫌だと言っているんだが、どうにも天華には通じていないらしかった。
いかにも機嫌良さそうに先導し始める天華にどうしたものかと思案ながら途方に暮れていると、前方からどこか見覚えのある人物が、こちらに向かって歩いてきていることに俺は気付いた。
「あれ、もしかして…」
「それで、買い終わったら美容院にも行って髪も整えましょ。ツーブロックとか案外似合うかもよ。私としてもちょっとワイルドなほうが…雪斗、どうしたの?」
急に立ち止まった俺を不審に思った天華がこちらを見るが、それと同時にその女の子も俺たちの前で足を止めた。
この距離だともう見間違えようがない。
「あ、ゆきくんに天華ちゃん。こんなところで偶然だね」
「琴音…どうして…」
「…なんでここにいるのよ」
この場にいなかったもうひとりの幼馴染。葉山琴音が俺たちの前に現れたのだ。
幼馴染三人が揃うこの構図は、以前モールで偶然天華に出会った時のことを思い出す。
とはいえこれは本当に偶然だろうか。昼のメッセージのことがつい思い浮かんでしまう。
あの時とは天華と琴音の配置が真逆だったが、天華とは違い、今の琴音は穏やかな表情を浮かべていた。
そんな琴音を見て、俺は何故か安心してしまうが、琴音は俺が両手に持った荷物をチラリと見ると、嬉しそうに微笑みながら俺たちにある提案を投げかけてきた。
「買い物の途中だったんだね。せっかくだし私も一緒について行っていい?あ、重そうだし、私少し持つね」
「え、いや、それは…」
悪いよと言い切る前に、琴音は俺が持っていた袋を奪うように手に取ると、そのままいくつか左手に持っていた。
琴音にしてはいつになく強引なその仕草に、俺は思わず目を丸くする。
いきなりの琴音の登場に戸惑っていたのか、なにも言えずにいる天華だったが、ようやく気を取り直したのか、怒るように琴音に口を挟んできた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ琴音!私と雪斗は今はね…」
「一緒にお買い物してるんでしょ?デートっていうわけでもないんだろうし、久しぶりに私も混ぜて欲しいな。いいよね、幼馴染なんだし」
「うっ…」
天華が言い切る前に、琴音は言葉を被せてくる。
そんな琴音に天華はなにも言い返せないのか、次の言葉を紡げないでいた。
そのやり方はいつになく強引だ。なんとなく琴音らしくないと思ってしまう。
「そういう、わけじゃ…わ、私と雪斗は…!」
「天華ちゃん、好きな人いるんだよね。それも、ゆきくん以外の人が好きなんでしょ」
それでもなにか言おうと足掻いた天華の言葉を、琴音は思い切り切り捨てた。
琴音の口から放たれた言葉に、俺は驚愕する。
まさかここでそれを口にするなんて思ってもいなかったのだ。
それは天華も同様だったらしく、明らかに動揺していた。
「えっ、なんで、それを…」
「さて、なんでだろうね。でも天華ちゃん、そうだったらゆきくんとふたりで出かけるなんてダメだよ。気付いてないのかもしれないけど、これって立派な浮気なんだからね。天華ちゃんの好きな人が知ったら、愛想尽かされちゃうかもよ?」
琴音は天華に諭すように言うが、何故だろう。
その目に炎が宿っているように思えた。天華の髪のように、赤く燃えるなにかがちらついている。
俺たちの周囲だけ急に温度が下がったかのような錯覚を覚えるほどに、今の琴音には有無を言わせぬ迫力があった。
「私は事情を知ってるからいいけど、他の人から見たらその人とゆきくんと二股かけようとしてるふうに見えちゃうと思うんだ。そんな子は最低だよ。ゆきくんもそう思わない?」
「まあ、そうだな…」
急に琴音に話を振られるが、その言葉に俺は頷くしかない。
琴音も俺の言葉に満足そうに頷くと、天華へと振り返った。
「だから私も一緒していいよね、天華ちゃん。ゆきくんとは、ただの幼馴染なんだから。一緒にお出かけしてたみたいだけど、これはデートじゃないんだものね」
俺はそんなふたりの様子になにも言えずただ見守り、天華は項垂れるようにその言葉に頷いた。
そんな天華を、琴音はただ嬉しそうに見つめるのだった。
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