第48話 空回りはカラカラ回る

「味はまぁまぁだったわね」




「そうだね、ほんとまぁまぁだったね…」




そのまぁまぁでお札が二枚すっ飛んでったんですけどね…ちなみにひとり分でこれである。思った以上に値が張る店だった。


一応会計は別々にしてもらえたのが救いではあったけども、それもあまり慰めにはならない。はっきり言って心の中は雨模様だ。




俺達が昼飯のために訪れた店は、天華の希望通りのいかにも女性ウケの良さそうな小洒落たレストランだった。


内装もレトロな洋風で、俺でもセンスがいいと感じるくらいに立派なものだ。昼間だというのにライトで店内の光量を調整しているらしく、場のムード作りに一役買っていた。


この店独自の空間は外とは隔離されたようにも感じとることができ、どうぞデートを満喫してくださいとでも言いたげな雰囲気バリバリである。


カップルにとってはいいのだろうが、俺としてはハッキリ言って居心地の悪い店だったとしか言いようがない。


仮に正式なデートとして訪れていたとしても、俺は内心で根を上げていただろう。




メニューが英語だかイタリア語なのかよく分からない文字で書かれているのを見た時は、思わず顔を顰めたものだ。


俺の英語の成績を分かっているんだろうか。こういうのは高一でも分かるようにすべきだろうが!


大人になっても読めるかはだいぶ怪しいのが悲しいところだが…


一応カタカナでルビを振っていたからいいものの、なんとなく馬鹿にされているように感じるのは、俺の被害妄想が強いせいかもしれない。頼むからもっと分かりやすくしてくれよ…




とりあえずハッキリ言えることは、あそこは高校生の入る店じゃないということである。


周りにいたカップルも社会人か大学生くらいの年齢の人ばかりで、明らかに高校生にしか見えない俺たちふたりは浮いていた。


天華だけならまだしも、俺なんて彼女にいいところを見せようと背伸びをしてこの店に入ってしまった男に見えたんじゃないか?


店員さんの俺を見る目も、どこか微笑ましいものを見るような目だったようにも思う。


とりあえずあの店にはもう二度と行かないことは確定したが、天華の友人関係はほんとどうなっているのやら。




まぁ女子高生なら大学生と付き合っている子も珍しくないとは聞くけど…正直俺には理解できない世界である。


年上と付き合える気なんてまるでしない。出来れば同年代がやはり望ましいと思う。天華には大人っぽくなったと言われたが、やはり俺はまだまだ子供のようだった。そちらのほうが気楽に接することができるのだから。




そんな子供で育ち盛りな俺から言わせれば、やたら高いくせに出てきたパスタは量も少ないし、すぐ食べ終わって腹はまるで足りないと訴えてくるわとはっきり言って食事としては不満しかない。




だけどあまり量を食べない天華からすれば、あれでも充分満足できたらしく、食べる前はSNSに投稿するとかで写真まで撮っていた。


むしろそちらのほうが本命だったらしく、えらくご満悦な様子だったのが印象深い。


向かい合って座っていたため、俺の皿まで一緒に写っていたのだが、そこはさすがに俺も注意して女友達と一緒に食べていたことにしろと念入りに忠告もしておいた。


西野に見られる事態になった時に、俺と一緒だったなんて書き込まれたりしてたら最悪だからな…変に誤解させる可能性もあるし、そうなったら上手く言い訳できる自信もない。




「妙なところで気がつくんだから」などとブツブツ文句を言っていたが、失敗するやつは気が緩んだときの脇の甘さが炎上を招くのだ…なんて、佐山が言っていた。


逆に言えば俺がしっかりしていればいい話でもある。


これでも一応気をつけているつもりではあった。




(そういや食事中に琴音から連絡きてたけど、あれなんだったんだろうな)




それは俺のほうにまだ料理がくる前のタイミングだったこともあり、天華に断りを入れてから昼更新の確認のためにアプリゲームを起動して気付いたのだ。ちなみに告げたときは天華からは呆れた目で見られたが、そこは割愛させてもらう。


だいたい天華だって、目の前に置かれたパスタセットにスマホをかざして、SNS映えする角度とやらを探している最中なのだ。ゲーム画面を見るのとなんの違いがあるというのか。


まぁここは突っ込んだら負けなのだろう。とりあえず確認してみるが、画面に表示されたのは(今日はどこにいるの?)と一言だけ書かれたシンプルな文面だった。




その言葉少なめな文字に少し首をかしげながら、俺は今いる場所を手早く書き込む。


未だ両手でスマホを支えるその姿は、天華からすればまたゲームをやっているくらいにしか思っていないだろう。特になにも言われることはない。


返信はすぐ返ってきたが、今度綴られていた言葉は(まだ帰らないの?)とまたもや簡素なもので、多分当面はまだいることになる旨を伝えたのだが、返事を確認する前に俺のもとにも料理が届き、食べ終わったらすぐに荷物を抱えて移動したため、返事を見ることはできていない。


あとでトイレにいったときにでもこっそりと確認しようと心に決めた。








「じゃあどうする?さっきの店に戻るのか?」




「うーん、そうねぇ…」




そうと決まれば後は買い物の続きをするだけなのだが、どうも天華の歯切れが悪かった。なにやら迷っているらしい。




「なんだよ、他に行きたいところがあるのか?」




個人的は別にどこでもいいからさっさと決めてくれというのが本音だ。


付き合うとは言ったが、できればさっさと終わらせたいことに変わりはないし。


迷った様子を見せた天華だったが、俺のことをチラリと見た後、ようやく目的が決まったのか、小さな声で「よし」と呟き、歩き始める。


すぐに俺も後を追うが、その足は何故か先ほどとは違う路地へと向いていた。




「おい、そっちじゃないぞ」




「そんなこと分かってるわよ」




じゃあどこにいくんだと聞いても、天華は答えてはくれずにドンドン先へと進んでいく。どうも天華の行動はイマイチ釈然としないものばかりだ。


行き先くらい教えてくれてもいいだろうに…内心不満がたまりつつも、俺は大人しく天華に従って歩き続ける。


5分ほど歩いてようやくたどり着いたのは、とあるアパレルショップの店先だった。


まぁそれはいい。ただ問題なのは…




「ここ、メンズの店じゃん。アメカジの服でも買うのか?」




「違うわよ、アンタってほんと察しが悪いわね」




天華はやれやれとでも言いたげな顔をしているが、察するもクソもあるか。


天華の買い物に付き合うつもりでいたのに、そんなことを言われたら心外もいいところだ。


ストレートだけだと思っていたところにいきなり変化球を投げられたようなもんだぞ。対応できるやつは早々いないだろう。


多少余裕を持てていたつもりだったが、そろそろ俺もキレるかもしれない。




「悪いな、意図が汲み取れなくて。申し訳ないんだけど、できれば天華の口から直接教えてもらえないか?」




「フフーン、雪斗もようやく素直になってきたじゃない。余裕も出てきたみたいだし、いい傾向ね。じゃあそんな雪斗に教えてあげるわ」




…憂さ晴らしを兼ねて多少皮肉をいれたつもりだったのだが、それは通じなかったようだ。


機嫌を良くしたらしい天華は鼻を鳴らして、俺に得意げに話し始めた。




「せっかくだから私が雪斗をコーディネートしてあげようと思ったの!優しい私に感謝してよね!」




「…………へぇー」




なんて返せばいいんだ、これ。




余計なお世話もいいとこなんだが。なんで振られた相手のおこぼれを預かるような真似しなきゃいかんのだ。


こいつは死体蹴りが趣味なんだろうかと勘繰ってしまう。ドSにもほどがあるだろ…


渾身のドヤ顔を決める天華に、俺は冷ややかな視線を送っていた。




なんだかいろいろと馬鹿らしくなってきた…本人、まるで気付いてないけども




俺は天華に気付かれないよう、こっそりとため息をつくのだった。


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