第46話  アプローチ

「うわぁ、ここかぁ…」




駅から出た俺の第一声は戸惑いに満ちたものだった。


俺たちが電車でやってきたきた場所は、テレビや雑誌でもよく紹介されている若者が集まる街として有名な繁華街。俺も中学の頃に何度か天華に連れられてやってきたことのあるほろ苦い思い出の場所だった。


というか楽しい思い出などは全くない。ぶっちゃけ苦痛そのものだった記憶がある。


何故かと言われると、それは俺が陰キャだからとしかいいようがない。




見渡す限り人、人、人の海。しかも道を歩く人たちは、明らかに陽のオーラを放っているのだ。見渡す限り、明らかに俺とは違う人種しかいないという地獄絵図。


俺は孤立無援で敵地に放り出された敗残兵のようなものである。これで居心地がいいはずがない。


分かる人にはわかってもらえると思うが、明らかに場違いだと感じていたのだ。


ここは俺がいていい場所じゃない。俺はもっと人が少なく、かつ狭いコミュニティの中で生きていくべき人間だ。


少なくとも、当時の俺はそう思っていたのである。




(まぁそうも言っていられなくなったんだけどさ)




今の俺は多少なりとも変わる必要を迫られていた。


今日の服装もジャケットこそ琴音と買いに行った時のものだが、下に着るパーカーなどは自分で選んだものだった。


外見だけでも変えようとこれでもコツコツ努力を始めたのである。


最近では西野や他の友人からもアドバイスを貰って頑張っている最中だった。


その初お披露目の相手が天華というのが、なんともままならないものだったが。




(どうせ見せるなら琴音に…なんて考えは良くないよな)




どうもここ数日は事あるごとに琴音の姿を思い浮かべている気がする。


そういった思慕に関して横を歩く天華に気遣う必要はもはやないが、下手に尻尾を見せるようなことをしたら自分から虎の尾を踏みに行くようなものだろう。


そんなことを考えていると、天華がジャケットの袖を引っ張ってきた。




「なんだよ、行き先決まったのか?」




「ね、ねぇ。あれ食べたいんだけど…」




天華がそう言って指さしたのは、駅の前にあるクレープ屋だった。


僅かなスペースしか持たない小さなお店だったが、駅前という好立地に恵まれているためか、それなりに人が並んでいる。


列にいるのは誰もがカップルか女の子同士といった組み合わせであり、ただの友人である俺たちにはなんとなく場違いに感じてしまう。


俺は思わず怪訝な顔をしながら天華へと声をかけた。




「クレープ?いや、別にいいけど昼食えなくならないか?それに並んでるのほとんどカップルだし俺たちだと場違いじゃ…」




「い、いいから!ほら、並ぶわよ!」




「あ、おい!」




俺の話を聞かず、天華はズンズンと前に進み、列の最後尾へと並び始める。


呆気に取られた俺はその場に固まってしまうが、そんな俺に気付いた天華の手招きにより、しぶしぶながらも彼女の隣に陣取った。




「遅いわよ。なにしてんの」




「そう言われてもな…」




話を聞かなかった人に言われたくないんだけども。


なんとも強引なことだ。確かに天華の性格を考えると、西野みたいに相手に合わせられるやつのほうが適任かもしれない。


その分気苦労もマシマシだろうし、正直西野みたいないいやつに天華を預けてもいいのか疑問になってくるのだが…というか、こいつと付き合える性格ってどんなだ?


よほど我慢強いか性格がいいやつ、もしくは前の俺みたいによほど相手に惚れ込んでるかの三択だと思うんだが。本性知ったら大抵のやつは引きそうだ。




「ここ、みくりに教えてもらったんだけど、結構美味しいらしいのよ。オススメスポットなんだって」




「そりゃ楽しみだな」




そんな内心はおくびにもださず、俺は天華に話を合わせていた。


俺も甘いものは嫌いじゃないし、ひとまず天華も機嫌が直ったようでひと安心だ。




しばしの待ち時間の後、ようやく俺たちの番になり俺はチョコレート、天華はストロベリーをそれぞれ注文していた。


代金は結局俺持ちだったが、まぁそこは仕方ないだろう。




「ん、美味し」




「確かにイケるな、これ」




出来上がったクレープを受け取った俺たちは列から離れ、クレープをそれぞれ口にしていた。


甘さもちょうどいいし、生地もふわふわだ。確かにこれは結構美味い。


そのまま俺は食べ進めるが、途中で天華の手が止まっていることに気付いた。


何故か俺のことをジッと見ている。




「どうした。甘すぎたとかか?」




「そういうわけじゃないけど…ねぇ、私の少しだけ食べてみない?」




そう言って天華は手に持ったクレープを俺のほうへと差し出してきた。


食べかけだったそれには天華の小さな歯型がついており、少しだけドキリとしたが、俺はすぐに思い直す。




「いや、俺はいいよ。そういうキャラじゃない。てかそんなの女友達だけとしてろよ。人も多いし恥ずかしいだろ」




軽く辺りを見回してみるが、お昼の近づいてきたのもあって駅から出てくる人も増えている。


そんな中でそんなバカップルみたいな真似をできる度胸はない。


まぁいなくてもできないんだけど。


俺の言葉に天華は不満そうな顔をしたが、諦めたのか渋々とその手を引っ込めた。




「分かったわよ…あ、それじゃあ雪斗のクレープを…」




「…うし、ご馳走さまっと。ほら、天華も早く食べなよ。これからいろいろ回るんだろ?」




天華がなにか言いかけたようだったが、俺は食べかけだった自分のクレープをさっさと平らげていた。


チョコが少し垂れてきていたため少し慌てたが、手に付くこともなくてなによりだ。


そんな俺を見て天華が唖然とした顔をしていたが、なんでそんな顔をしているのか分からない。




「アンタって…アンタって、ほんっと空気読めないわね!」




「えぇ…」




すぐに天華から理不尽な罵声が飛んでくるが、そんなこと言われる謂れはないんですけど…




その後、癇癪を起こす天華を宥めるのに多少の時間を費やして、俺たちはようやく目的のアーケードまで歩いていくのだった。

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