第45話 思い浮かぶその顔は

「…きと!雪斗、起きなさい」




んー、なんだろう。体がさっきから妙に揺れているような気がする。


いやきっと気のせいだろう。最近はいろいろあって疲れてたもんな。


今はこのままゆっくりとまた眠りに…




「この、起きろ!」




つこうとしていた俺の頭部に衝撃が突き抜ける。


僅かに遅れて走る激痛。猛烈に身に覚えがあるが、体感するのは当面御免被りたかったその痛みで、俺は強制的に目が覚めた。




「いってぇ!」




「やっと起きた!ほら、急がないとドア閉まるわよ!」




痛みを和らげる間もなく、俺は誰かに手を引っ張られ、強引に立ち上がることになる。


足元がおぼつかないまま俺は外へと向かい、降りたと同時に後ろのドアが閉まる音がした。


そこでようやく俺の意識も覚醒し始める。停止していた頭を再び回転させていくと、眠りにつく直前のことを次第に思い出すことができていた。




そうだ、俺は確か――




「…あー、俺寝すぎたのか…」




「全くよ、アンタアホみたいに口開けてグースカ寝ちゃってて…ほんと、恥ずかしかったんだから」




その光景を思い出したのか、隣に立つ天華が呆れたようにため息をついた。


現状がだんだんと理解できてきたが、思い返すとなんとも恥ずかしいことをしてしまったようだ。




「マジかー…今何時だよ…」




時間が気になり、駅構内にある時計を見上げてみると、あれから一時間近く経っていた。


それでもまだ午前中だし、そもそもが早く出かけたのだから時間にしてみるとそこまででもないのだが。


とはいえ電車の中で僅かながらも寝られたためか、頭の中は案外スッキリしている。


まぁ外側はジンジン痛むけど。




「そりゃ悪かったな。ごめん…でも、もう少し優しく起こして欲しかったんだが」




「アンタが起きないのが悪いんでしょ!それに、普通に起こすのは恥ずかしかったっていうか…」




天華が俺の言葉に勢いよく反論してくるが、後半はよく聞き取れなかった。


最初は強気だった語気も、何故か急に尻すぼみになり、天華は顔を赤らめている。




「あー、そっか…なら仕方ないか、うん…」




「そ、そうよ!雪斗が悪いんだから!…えっと、それで、その…」




まぁ状況が状況だったしな…


俺が悪かったのは確かだし、そう思うと自然と腹も立たなかった。


いや、というよりは天華に対して怒るほどのなにかがもう湧き上がってこないというか…




「ん?どうした天華。なにか言いたいことでもあるのか?」




「あ、あるもなにも…アンタこそ、私に言いたいことがあるんじゃないの?」




そう言って天華は俺のことを見つめてくる。どこか期待が篭っているような眼差しだが、なにが言いたいのかサッパリだ。


あいにく俺には天華に言いたいことなんてないんだが。強いて言うなら朝から連れ出されたことに改めて文句のひとつでもかけてやりたいところだが、そこまで俺もガキじゃあない。


とりあえず思いついたことを口にすることに決めた。違っていたら天華から直接答えを聞くしかないだろう。




「えと…お詫びに昼飯は俺が奢るよ。荷物も持つし、それでいいか?」




「~~~!ア、アンタ…私の話、聞いてなかったの?」




「いや、ちゃんと聞いてたつもりだけど…」




俺の言葉を受けて、天華の顔が恥じらいを含んだ朱色から、怒りを含んだ真っ赤な色へと変わっていく。




(…選択間違えたな、こりゃ)




こうなってはどうしようもない。今できるのは、ひたすら謝ることだけだろう。


俺は素直に頭を下げる。何故かこれも素直にできた。


以前なら苦痛を伴っていた行為だというのに、今の俺には特に苦ではなくなっている。


普段なら琴音に頼るような諍いなのに、何故こうも自然にできるようになったのか、自分でも不思議だった。




「悪い、多分天華の考えてることとは違うこと考えてた。答えを教えてくれないか?」




「っつ…!もういい!さっさと行くわよ!」




とはいえ、それが通じるかは話が別だ。


えらくご立腹な様子の天華を見るに、答えはどうやら聞けそうにないらしい。


肩をいからせ前を歩く天華に、俺は素直に従い、後ろをついて歩いて行く。




そんな天華を見ていると、早くも今日の買い物が憂鬱になっていた。




(相手が琴音ならきっと楽しいんだろうけどな…)




そのせいだろうか。何故か琴音の笑顔が頭に浮かんでしまうのは。


自分の変化に戸惑いながら、俺は天華に続いて改札口をくぐり抜けた。

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