第41話 正統派幼馴染は負けヒロインのまま終われない

私の胸にほの暗い感情が迸っていく。


それはこれまで抱いたことのない、幼馴染である天華ちゃんへの憎悪とも言える怒りだった。




(どういう、ことなの…!)




天華ちゃんのことが、全くもって理解できない。


ひとつだけ分かることいえば、何故か彼女が嘘をつき、ゆきくんが悲しんでいるということだけだ。


ゆきくんは悲しみの感情を顔には出していないし、普通の人なら態度からもそういった雰囲気を感じ取ることはできないだろう。


せいぜい今日は調子が悪そうだとか、気分が良くないんだろうくらいに見えると思う。




だけど、私には分かる。


だってこの人のことを、ずっと見てきたのだから。


私はずっと、ゆきくんだけを見て生きてきた。




だから分かる。そしてそれは、天華ちゃんも同じだと思っていたのに…!




(だから、だから私は…!)




悔しさで涙が自然と滲んでくる。


意味がまるで分からなかった。


ゆきくんは天華ちゃんが大好きで、天華ちゃんもゆきくんを大好きなはずで。


それが分かってしまったから、私は諦めたんだ。


天華ちゃんは素直じゃないけど、それでもゆきくんを笑わせてあげることができる人だと思っていたのだから。




そう信じていたから、私はゆきくんと天華ちゃんの幸せのために身を引いたというのに、その全てが無駄だったんだ。


これまでの私の葛藤は、なんだったんだろう。




「琴音、本当に俺は大丈夫だから。確かにまだ辛いけど、それでも前を向くって決めたから。だからさ…」




「だって、おかしいよ…絶対ふたりは両想いだって思ってたのに…それなら私、なんのために…」




悔しさを飲み込んで、悲しさを乗り越えて。


私はようやくゆきくんの背中を押したのに。


ゆきくんもそれに答えてくれたのに。






その全てを、天華ちゃんは踏み躙ったんだ。






そう思うとどうしようもなく悔しくて。


どうしても涙が止まらなかった。




「あぁ、もう。ほら、顔拭くからジッとしてろ。美人が台無しだぞ」




そんな涙に塗れた私の顔を、ゆきくんが持っていたハンカチで丁寧に拭いてくれた。


動く気力さえなくしていた私はなすがままだ。


こうされていると、昔を思い出してしまう。




小さい頃、私はよくこうしてゆきくんのお世話になっていた。


あの頃の私は今よりずっと泣き虫で、いつもゆきくんの後ろについて回っていたっけ。


そしてそれは、天華ちゃんも一緒で…




(一緒、だったのに…)




「うん、バッチリだ。これならどこに出しても恥ずかしくないな。俺なんかのために泣かないでくれよ。お願いだからさ」




「ゆきくん…」




それは優しすぎるよ、ゆきくん。


裏切られたのは、あなたも一緒なのに。




(でも、ゆきくんがそういうのなら…)




私も、我慢しなくちゃいけないのだろう。


これは私が口を出してことでは、きっとない。


結局私は、二人の間に入ることのできない、ただの部外者でしかないのだから。




それにもしかしたら、まだなんとかなるかもしれない。


少しだけ落ち着いた頭でもう一度状況を整理した。


もしかしたら、二人はなにか思い違いをしているのかもしれない。


誤解からすれ違っているだけだというなら、私が取りなせば関係が修復できるかもしれない。


そうすれば、ちゃんと恋人同士になれるんじゃないだろうか。


今ならまだ、間に合うかもしれない。




「…ねぇ、ゆきくん。聞いてもいいかな」




そう思ったから、私は聞いておかないといけなかった。


ゆきくんの認識違いの可能性が捨てきれないし、そうであったら自分なら、きっと上手く橋渡しをすることができるだろう。




「ん?なんだ?」




だけど万が一、本当に万が一の可能性だけど、本当に天華ちゃんがその人のことを好きだというなら。




「天華ちゃんが好きな人って、誰なの?」




もしそうだというのなら、私にも…




「ねぇ、答えて」




まだチャンスが残されているのかもしれないという、僅かな可能性に、私は縋ってみたかった。




それがどれほど浅ましく、惨めな考えであったとしても。












「…ごめん、それは言えない」




返ってきた言葉は予想通りのものだった。


なんとなく分かっていた。ゆきくんならこういうだろう。


この人は優しい人だから、言いふらすようなことはしないと理解していた。


だけど、それでも分かることもある。直接対面している今の状況からなら、その声色だけでも引き出せる情報は少なからずあった。




ゆきくんの声は辛そうで、どこか諦めを含んだものだった。


それはつまり、ゆきくんにとっては長年想っていた天華ちゃん相手でも、勝ち目がないと諦めなければいけないほどの相手であるということだろう。




(そうなると、天華ちゃんの近くにいる誰かが濃厚、かな)




学年でもカーストトップに位置する彼女の周りには、自然と人が集まってくる。


ちょっと候補が多すぎるし、これだけではまだ絞り込むことはできない。


続けて私は質問する。そしてこちらが本命でもあった。




「そっか…じゃあもうひとつだけいい?振られたのに、なんでゆきくんは天華ちゃんと一緒にいるの?」




そう。私にとって、これが最も理解できないことだったのだ。


告白して振られたというのが本当なら、二人が一緒にいたのはおかしい。


私ならしばらくは話しかけることができないと思うし、気まずくもなるはずだ。


ましてや幼馴染ともあればなおさらだった。


内心はどうあれ、振って振られた者同士。なにがあって二人が一緒に行動しているのか、まるで見当もつかない。




「え、と…それは…」




この質問ならあるいは答えてもらえるかもという淡い期待を込めていたのだけど、どうやら正解だったみたい。


少し迷いながらも、ゆきくんはゆっくりと口を開いてくれた。


だけど、その口から出てきた言葉は、私の予想を遥かに超えるものであり。




「天華に、言われたんだ。好きな人と付き合いたいから、協力してくれって。それに俺は頷いて、天華の手伝いをしようって決めたんだよ」




私には、まるで理解できないものだった。










「は…?」




なに、それ。




「…天華ちゃん、そんなこと言ったの?それにゆきくんは、頷いちゃったの?」




あの子は、人を馬鹿にしているのか。


自分を好きだと、勇気を振り絞って告白をした相手に、そんなことを言ったのか。


人の気持ちが、天華ちゃんには分からないのか。




そんなことを言われて、傷つかない人なんていないというのに。






―――もう、いいんじゃないの?






心のどこかで、私に囁く声が聞こえる






―――こんなことをする子に、手助けなんてする必要なんてないじゃない






その声は、きっと私の中にずっといて、ずっと押し込めていた感情そのもの






―――それに、天華ちゃんは自分から捨てたんだよ?自分から、ゆきくんを要らないと言ったんだよ?






私の中に巣くう、醜い部分。目を背けていた、心の闇






―――ねぇ、自分に正直になろうよ?






情念ともいえる、もうひとりの私からの、悪魔の誘惑だった






―――あなたはゆきくんのこと、好きじゃないの?






そんな誘惑に、私は―――






好きに決まってるでしょ






迷うことなく、手を差し出した










「そんなの、間違ってるよゆきくん。そんなのゆきくんがもっと苦しくなるだけじゃない」




「…かもな」




まただ。またゆきくんは悲しそうに笑っている。


私ではないあの子のために、辛いけれど笑っているんだ。


それが悔しくてしょうがない。




「私なら、ゆきくんにそんな顔をさせたりなんて絶対しない。そんなことを言うなんてありえない」




「琴音…?」




「私は、ゆきくんが悲しむ顔なんて見たくないんだよ。幸せになって欲しかった。笑っていて欲しかった。だって―――」






そうだ、だって私は―――






「私は、ゆきくんが好きだから」
















―――もう、いいよね?天華ちゃん






私、ずっと我慢してきたんだもの






あなたがそういうことをするなら、もう我慢なんてする必要ないよね?






私が一番欲しかったものを、あなたは自分から手放したんだもの






あなたがどんな考えがあって、そんな嘘をついたかは分からない。聞けば教えてくれるのかもしれないけれど、私はそんなことを聞くつもりはない






あなたの手助けを、もう私はするつもりはない






だって、本当に大切な人が今とても悲しそうにしているんだもの






大切な人を泣かせた人に、義理を通す必要なんてあるの?






天華ちゃんだって、私の立場ならそう思うはず






だからあなたにはもう負けない






私が勝つ。私はゆきくんを泣かせたりなんかしない






そう決意する。私は私を誤魔化さない。私は天華ちゃんとは違う。






私は負けヒロインのままでは終わらない。私が、ゆきくんのヒロインになる。






ごめんなさい、天華ちゃん








―――私がゆきくんを貰うね

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