第34話 昼休みのちょっとした出来事
(ていうか天華はいいのかよ…)
俺が席に座りつつ天華を見ると、何故か顔を赤らめそっぽを向いた。
そんなに西野じゃなく俺が前に座ったのが不満なのか…?
仕方ないじゃん、なにか言う間もなく砂浜さんの前に座ったんだから。
今さら席を変えてくれというのも不自然だろう。俺でもさすがにそれくらいの空気は読める。
天華もわかってくれると思ったのだが、この調子では分かっていないか感情が納得していないかのどちらかだろう。
(…こいつ、めんどくさいな…)
子供かよ。いつまでもそんな態度だと、さすがに俺も付き合いきれんぞ…
「ね、ねぇゆきっち!食べないの?ほら、冷めちゃうじゃん」
「え、ああ。そうだな…」
不満げな目で天華を見ていたことに気付かれたのか、砂浜さんが俺に箸を進めるよう促してきた。
なんというか砂浜さんって、実は結構気を遣うタイプだよな。ちょっと意外だ。
「じゃあ、いただきます」
そう言って手を合わせ、目の前に置かれた生姜焼き定食に手をつけた。
箸で生姜焼きを軽く千切り、ご飯にのせて口へと運び、一気に頬張る。
肉の旨みと生姜の程よい苦味がご飯と合わさり、噛み締めるほど味が口内へ染み込んでいく。
「あ、美味い」
値段がかなりリーズナブルだから頼んだが、普通にイケる。
味つけも濃い目で俺好みだし、肉の厚みもいい感じだ。
空きっ腹にはこのくらいがちょうどいい。どんどん箸が進んでいった。
周りのことも忘れて思わず無心でがっついてしまうが、気付くとなにやら視線を感じる。
それが気になってしまい、料理から一度目を離して顔を上げると、天華が俺のことをガン見していた。
「なにしてんの?お前も食えよ。うどん冷めるぞ」
「あ…うん、そうね…」
俺の言葉を受けて天華も器へと手をつけ始める。
なんだっていうんだ。俺の食事風景なんざ見ていても、楽しいものでもないだろうに。
「まぁまぁゆきっち、そう堅いこと言わないでさ。楽しく食事しようよ」
「砂浜さん…」
そのまま食事を続行しようとしたところで、待ったがかかった。
その相手は砂浜さんだ。彼女はハンバーグ定食を食べながら、こちらに笑いかけてきた。
「あ、それ!前から気になってたんだけど、私のことは呼び捨てでいいよ。堅苦しいしさ。天華だって呼び捨てなんだしいいでしょ?」
「そ、そう?えーとそれじゃあ…み、みくり…これでいい?」
「うん、オッケオッケ!」
グッと親指を突き出してサムズアップしてくる姿に、つい頬が緩んでしまう。
彼女にはやはり人を和ませてくれる力が備わっているようだった。
「ははっ、みくりさんはいつも元気だよね。僕も見習わなきゃ」
「えー、宏太はいいよ。これ以上すごくなられたら私の出番なくなっちゃうしー!」
俺たちの会話に西野も参加し、テーブルにはどこか和やかな雰囲気が流れ始めた。
二人はやはり話上手で、場の雰囲気を変えるのが上手い。
俺でも話に加われてるし、さっきまでは拷問タイムになると覚悟していた時間が、あっという間に楽しい食事タイムに早変わりしていた。
「そんなことないよ。みくりさんの明るさは真似できそうにないから。来栖さんもそう思うよね?」
「う、うん。私も助けられてるし…でも雪斗、みくりが優しいからってアンタは調子に乗っちゃダメよ」
「えぇ…するわけないだろ」
みくりと俺じゃ人種が違いすぎる。そもそも調子に乗って勘違いしたらどうなるかは既に学習済みだ。
大体、俺としてはお前が言うなといいたいんだが。
「どうだか。昔からアンタは琴音に弱かったじゃない。ちょっと優しくされたらすぐにコロッとやられちゃって」
「琴音に関してはしょうがないだろ。昔は体も弱かったし、誰かが気にしてやらなきゃいけなかったんだし」
天華の言葉に思わずムッとしてしまう。
今は琴音は関係ないだろ…
だけど天華は止まらない。そのまま俺を煽るように言葉を続けた。
「その割には琴音を見る目つきがいやらしかったようだけど?」
「て、天華。いったん落ち着いて…」
「は、はぁ!?ちげーよ!俺は琴音をそんな目で見たことないって!」
ガタッ!
「ん?」
「あら、なにかしら」
天華の煽りについムキになり、途中からこちらも熱くあってしまったが、近くで大きな音がしてついそちらに意識がいってしまった。
見ると誰かが椅子を倒してしまったようだ。
それにより出た音みたいだが、肝心の生徒の姿がない。
座っていたのが誰か分からないが、ひとりの女子生徒が出口まで駆けていく姿が見える。
多分彼女だろう。後ろ姿では判別できないが、セミロングの黒髪だけが目に付いた。
「どうかしたのかな…」
「具合が悪かったとかかな?食あたりとかじゃないといいけど」
それを受けて食堂内は多少ざわついたが、すぐに喧騒も収まっていった。
楽しい食事のなかで起きたちょっとした事件など、興味がなくなればそんなものなのだろう。
俺たちも会話を再開するが、さっきのことでお互い毒気が抜かれたのか、普通に会話をすることができ、存外悪くない時間を過ごせたと思う。
だけど、何故か俺の中であの子の後ろ姿が、妙に引っかかっていた。
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