第33話 リア充の罠

それを聞かれたとき、心臓がドクンと跳ねた。




「えーと…」




どうしよう。なんと答えればいいのだろうか。


一気に頭の中が真っ白になり、思考が上手く働かない。




本当のことを言うべきだろうか。


だけど、振られたっていうのに、まだ天華が好きだと口にするのか?


それとも振られたことを正直に話すか?そうすれば西野が天華を気になっていたとしても後腐れはないだろう。だけど今後西野と気まずくなる可能性がありそうだ。




「いることはいるけど…脈はなさそうな感じかな…誰かと付き合うとか今は考えられないし、俺としてはそれでいいと思ってる」




しばしの間熟考したが、結局モヤがかかったままの脳が下した結論は、なんとも曖昧なものだった。


それは間違っているとも言えないし、正しいとも言えない。




振られたことだけはぼやかさせてもらったが、今誰かと付き合うとかは考えられないのは確かだ。


たとえ天華でも結論は変わらないだろう。


それにさすがに全てぶっちゃけるには、この教室は騒がしすぎる。




「そっか。なんていうか、浅間くんも大変なんだね」




「西野ほどじゃないけどな。それで、西野の好みのタイプって…」




クラスメイトが揃い始め、にわかに騒がしくなってきた教室内だったが、構わず俺は話を続けようとした。


だけど、そう上手くはいかないらしい。


クラス内の注目を集めていた俺と西野の会話から、何故か視線がそれていくのを俺は肌で感じ取った。


なんだろうと思う間もなく、次の瞬間教室のドアがガラリと開き、二人の女子生徒が顔を覗かせていた。




「皆、おはよ」




「おはよう…」




その女子とは、天華と砂浜さんだった。


随分遅い到着だとは思ったが、何故か二人は既に疲れた顔を浮かべている。


特に砂浜さんが顕著で、先ほどまでの明るい笑顔はどこにいったのか、今は明らかにテンションが下がっており、いつもの元気がなかった。




そんな二人を見てクラスメイト達は一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに気を取り直したようで彼女たちを楽しそうに迎え入れていた。




「おはよう。なんか二人とも元気ないじゃない」




「あはは…いろいろあってね…」




「ふーん?それより見てよ、あっちで宏太君が浅間と話してるんだけどさ。珍しい組み合わせじゃない?」




「へ…?」




たまたま向こうの会話が聞こえてきたが、それを耳にして思わず冷や汗が出てきてしまう。


天華と砂浜さんの視線がこちらを向いたときは、心臓が止まるかと思ったほどだ。




「あ…ほんとだ…」




「マジで…行動早いよゆきっち…」




そんな呟きが聞こえたが、それもすぐにかき消されてしまう。


今日の始まりを告げるチャイムの音が、教室の中に響いたからだ。


それを聞いた俺はほっとするが、西野は残念そうな顔をしながら佐山の席から立ち上がった。




「もう時間かぁ…浅間くん、ありがとう。楽しかったよ。また後で話の続きをしてもいいかな?」




「ああ、もちろん」




西野の言葉に俺は頷いた。


打算もあったし、ヒヤヒヤして心臓に悪い会話も途中であったが、西野とはやはり話していて悪い気がしない。


単純に楽しいと、そう思った。


俺の話も一喜一憂しながら、熱心に聞いてくれていた。


聞き上手でもあるのだろう。なんともいろんなスキルを持っているものだ。


あれなら嫌われることなどないはずだ。先天的に人から好かれる才能を持っていたのだろう。




(だから皆からも好かれているんだろうな…)




きっと西野なら陰キャのままでも遅かれ早かれ誰かがその良さに気付いて、近いうちに人気者になっていたはずだ。




自分の席に戻っていく西野の背中を見ながら、俺はさっそく今しがた得た情報を伝えるべく、こっそりと机の下でスマホをタッチしていく。




(これで、いいんだよな)




僅かに残った悔しさを、噛み締めながら。












「…で、どうしてこうなった…」




「あ、あはは…ごめんね、浅間くん」




その日の昼休み。俺は西野とともにある場所へと足を運んでいた。


近年改装されたばかりのうちの学校は施設の多くが割と真新しかったりするのだが、そのなかでも人気なのが、俺が今足を運んでいる学年問わず多くの生徒が集う、この学生食堂である。




以前は老朽化が進み、どこか薄暗い雰囲気のあったらしいこの場所を大幅にリフォームし、今は立派なダイニングフロアへと生まれ変わっていた。


今すぐどこかのテナントに貸出してもやっていけそうなこのオシャレなフロアは、うちの学校の目玉のひとつとしてHPにも乗っており、多くの生徒が利用している。




俺は人が多いところが苦手なため、普段は弁当やパンを持参することがほとんどだが、今日は天華と登校ということもあり、朝コンビニに寄るのを忘れてしまったのだ。




そのことを昼飯でも食べながら朝の話の続きをしようと言って、俺の席までやってきた西野に話したところ、せっかくだから食堂にでも一緒に行こうという運びになり連れてこられたのだが…ハッキリいって居心地が悪い。


その理由のひとつは、この場所が俺には似合わない陽の者の住まう場所であるというのもあるのだが、やはり一番の理由は…




「俺は西野に誘われてきたんだけど…なんでふたりもいるの?」




「…文句あるの?」




「食事は人数多い方が楽しいからさ!宏太にちょっと頼んだんだよ。ごめんねゆきっちー」




食券を買って注文を終えた俺たちがトレイを持って座る席を探していたところ、西野にあそこの席が空いていると誘導されてきた場所にいたのが天華と砂浜さんだった。


ジロリと隣に立つイケメンを見たところ、誤魔化すように苦笑していた。


どうやら俺は完全に策に嵌められたらしい。




(リア充め、卑怯な…)




こんなん回避できるわけないじゃねぇか。西野に誘われて断れるやつなどそうはいないだろう。


西野はさっさと砂浜さんの向かいに座ろうとしているし、そうなると必然、俺は天華と向かい合う形になってしまう。




(新手の拷問かよ…)




俺は内心ため息をつきながらテーブルへとトレイを置き、ブラウンのテーブルチェアを引くのだった。




…胃が持つかな、俺…

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