第35話 放課後の誘い

「なぁ浅間、帰りにゲーセンにでも寄ってかないか?」




今日の授業が終わり、カバンにノートを詰めていたところ、前の席に座る佐山から声がかけられた。


椅子から振り返って俺を見る佐山からの誘いに、俺は迷う。




「まぁ確かに用事はないけど…」




「ならいいじゃん。行こうよ。他のクラスの友達紹介するしさ」




朝よりはマシになったとはいえ、まだ俺の気持ちは晴れないままだ。


多少前を向くこともできたし、学校にきたことは間違いじゃなかったが、それでも胸のモヤモヤは残ったまま、俺の心の中で漂っている。




そんな気持ちの整理も兼ねて家でじっくりと自分の気持ちを見つめ直そうかとも思ったけど、佐山の提案もかなり魅力的だ。


俺としても交友関係は増やしたかったし、なにより友人からの誘いというのが嬉しかった。


ここまできたら、いっそ今日は勢いに任せたほうがいいのかもしれない。


男だけで集まり、馬鹿をやる。


うん、悪くないじゃないか。西野の言葉を借りるわけじゃないが、青春って感じがする。




「そうだな。それじゃその提案にのらせてもらっても…」




「雪斗」




俺が佐山の提案に了承し、ゲーセンに遊びに出かけようと決断した時、短く俺の名前を呼ぶ声が、俺の言葉を遮った。




「なにやってんの。早く帰るわよ」




「天華…」




その声の主は天華だった。


いつの間に近づいてきたのか、座ったまま話す俺たちを見下ろすように仁王立ちしている。


突然の来訪者に佐山も面食らったらしく、次の言葉を発せないでいたが、天華は戸惑ったままでいる佐山に鋭い視線を向けていた。




「佐山くん、悪いけど雪斗を借りてもいい?私達一緒に帰る予定あったのよ」




「えーと、そういうことなら構わないけど…」




そう言いながら佐山は俺のことを横目でみてきた。


どういうことだよと、その視線が訴えている。


俺としても天華がくるとか想定外だし、そんな目をされても困るんだが。




「いや、待てよ天華。俺はそんな約束してないし、なにより今日は佐山と帰る予定だったんだ。だから…」




「いいから。早く立ってよ、みんな見てるじゃない」




しょうがなく俺は抗議の声を上げるのだが、それを天華はあっさりと無視した。


どこかうっとおしげに軽く周囲に目配せすると、俺に対して催促の言葉を投げかけてくる。




いや、それはお前のせいだろ。


ほんとに用事があるなら昼休みの時に言うなり、スマホから連絡すれば良かったのに、なんて女だ。


熱が薄れたせいか、どうにも天華に対する見方が変化してきたような気もする。


なんというか、悪い面も見えてきてしまったというべきだろうか。




(天華ってこんなやつだったっけ…?)




どうにも自信が持てない。俺は本当に天華のことをちゃんと見てきたのだろうか?






とはいえ天華の言うことにも一理ある。


今日の朝のこともあってか、クラスに残った生徒のほとんどが俺たちの動向に注目していた。


つい最近までぼっちだったというのもあるだろうが、先天的に陰キャ気質である俺は、この居心地の悪い視線には慣れることができそうになかった。




(不本意だけど仕方ない、か)




一度ため息をつき、俺は重い腰を上げて立ち上がることにした。


軽くなっていた気持ちが一気に沈んでいくのが、手に取るように分かる。


未だ俺と天華の間で視線を彷徨わせる佐山に対し、俺は軽く頭を下げた。




「ごめん、佐山。今回は無理そうだ。また誘ってもらってもいいかな?」




「あ、ああ。それはもちろんだけど…」




「悪いな」




「ごめんね、佐山くん。ほら、帰りましょう、雪斗」




俺はせっかく誘ってくれた佐山からの申し出を断ってしまったことに申し訳なさを感じながら、前を歩く天華に続いていく。


クラスメイトの好奇の視線に晒されながら、俺たちはそのまま教室を抜け出し、リノリウムの廊下を歩き始めた。






一年生の廊下にはまだ授業が終わったばかりというのもあってか、同級生の姿がそれなりに見られたが、その誰もが並んで歩く俺たちをチラチラと視線を寄せてくる。


その無遠慮ともいえる多くの眼差しに、俺はつい気恥ずかしさを覚えてしまう。


そんな視線を寄せられている原因はもちろん俺ではない。隣を歩く天華だ。




学年屈指の有名人であり天性の華を持つ天華には、自然と視線が吸い寄せられるのだろう。


誰もが先に天華を見た後、俺にまで視線を向けてくる。


隣に歩く俺への反応はさまざまで、好奇や嫉妬、懐疑的なものまで寄せられている。


小声でなにやらひそひそと話し出すやつらまでいるし、また噂が広がってしまうかもしれない。


全くもって憂鬱だ。






「やっぱ居心地悪い…」




「…私の隣を歩けることに不満でも?」




俺の呟きに、天華が目ざとく反応した。


つり目がちな勝気な瞳でジロリと俺を射抜いてきた。


女子としては高めの身長の天華は、俺と数センチほどしか目線が変わらない。


そうなると俺と目を合わせた時は、自然と上目遣いになり、それが可愛いと思う時も多かったのだが、今のジト目には可愛さの欠片もない。ただ生意気なだけである。




「別にそんなことはないけど…有名人って大変だなって思ってさ」




とはいえそんなことを口に出すほど俺も野暮じゃない。


代わりに今感じていたことを口に出すことにした。


いい加減に周囲の視線がうっとおしくなってきたからだ。


イチイチ他人から視線を浴びせられるというのは、どうにも落ち着かなくなってしまう。




「まぁね。私可愛いから」




俺の言葉を天華はサラリと流した。


こいつ、さも当然のように言いやがる。


事実だからなにも言い返せないのがなお悔しい。




「そっすか…さすがっすね」




「なにへりくだってるのよ。そんな私の隣を歩けるんだから、ビシッとしなさいよ」




皮肉を言う気も起きなかった俺は素直に降参を認めたが、天華はお気に召さなかったようだ。


俺に対して更なる要求をしてくるが、正直その言葉は聞く気にもなれない。




「そんなの俺の勝手だろ…そもそも俺はお前に振られてんだから、隣を歩いてるほうがおかしいんだよ。普通の男ならさっさとひとりで昇降口までダッシュしてるっつーの」




「それは…」




俺の言葉を受けて、天華は気まずそうに下を向いた。


その顔は辛そうにも見えるが、そんな顔をされても困る。




(俺のほうがもっと傷ついてるっつーの…)




だけど、やはり俺は甘いのだろう。




「しょうがないな…ほら、これでいいか?」




「あ…」




俺は背筋を真っ直ぐ伸ばし、堂々と胸を張った。


こういうことは慣れないが、今回は特別だ。


天華にあんな顔をしていて欲しくないという想いが優ってしまった。




姿勢を正した俺を見て、天華は目を大きく見開いたあと、驚愕の表情は次第に笑みへと変わっていく。




「やればできるじゃない!普段からそうしていたほうが、もっとかっこいいわよ!」




「っ…!」






その笑顔は、反則だ。






「…ありがと」




俺は誤魔化すように視線をそらし、少し早足になって昇降口へと急ぎ出した。


急に歩く速度を上げたことに隣のから天華の不満そうな声が聞こえたが、そんなものは今の俺には耳に入らなかったのだ。


もう落ち着いたと思っていた感情の波がまた荒れ狂い、俺の中に押し寄せていく。






そんな顔向けんなよ、勘違いするだろうが。






実は俺のことを好きなんじゃないかなんて、思っちまうじゃないか。






まだ、諦めることができなくなっちまうじゃねぇか…!






俺は唇を噛み締めたまま、上機嫌で隣を歩く天華を見ないよう、ただ歩き続けた

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