第28話 甘い夢
「…おはよう、天華。じゃあさっさと学校行こうぜ」
そう言って俺は天華の横をすり抜け、学校に向かって歩き出した。
当然天華の手を取ることはない。そんな資格なんて、彼氏でもない俺にはないのだから。
だけど天華はなにが不満なのか、ぶすっと頬を膨らませると、前を歩く俺に駆け足で近寄ってきた。
「ちょっと、なによその態度は」
「なにか問題あるのかよ」
むしろ文句を言いたいのは俺のほうだ。
天華と待ち合わせなどしなければ、俺は学校を堂々と休めたのだから。
(…いや、そうでもないか。きっと学校には行ってただろうな)
家に篭っていたら、きっとますます気が滅入っていただろう。
ひとりでいると余計な考えばかりが浮かんでくる。
それならいっそ、学校の喧騒にでも紛れていたほうがよっぽど楽だ。
少なくともその間は、余計なことを考えずに済むのだから。
「そりゃあるに…ちょっと雪斗、一旦止まりなさい」
「は?なんだよいきなり…」
「いいから!」
強引に制服の裾を掴まれ、俺は交差点の前で一時停止させられた。
なんだというんだ。俺はさっさと学校に行きたいっていうのに…
そう思っていると、天華が少し背伸びして俺の髪へと手を伸ばした。
「寝癖ついてるわよ。しっかりしないとダメじゃない。一昨日はちゃんとセットしてたのに」
「え、あ…」
天華の手が優しく俺の髪を梳いていく。
柔らかいと、そう思った。同時に前に立つ天華へと、視線が吸い寄せられてしまう。
いつもよりずっと近い位置にあるその顔はやはり綺麗で、無防備な姿をさらす天華にどうにも落ち着かない気持ちになるのは、やはりまだ天華のことが好きだからなのだろうか。
「や、やめろよ天華…」
「あ、もう。じっとしてなさいよ」
気はずかしくなり、天華から距離を取ろうとするがこいつは俺の気持ちなどお構いなしに距離を詰めてくる。
なんだっていうんだ。俺を振ったのに、振ったくせに。
急に、こんなに優しくしてくるなんて…
そんなはずないと分かっているのに、勘違いしてしまいそうだ。
実は一昨日のことは全て夢で、現実では天華と付き合うことができているのではと、そんなことを考えてしまいそうになってしまう。
都合のいい妄想に浸りたくなる。
(馬鹿かよ、俺は)
そんな甘い夢があるもんか。
そもそも分かっていただろ、身の程知らずの恋だったことは。
とっくの昔に、俺は分かっていたはずだ。
そして見事玉砕した。高嶺の花に恋焦がれた身の程知らずの凡人が、当たり前の結末を迎えたんだ。
それだけだった。それが俺にとっての真実だ。
「もういいだろ、天華」
俺は強引に意識を現実へと引き戻す。
甘い夢なんて見るもんじゃない。
どんなに夢で脚色しても、結局俺は俺のままだ。
実際はなにも変わってなんかいない。
だから今のままの、天華に受け入れられなかった俺のままで、そんな夢を見るなんて間違っている。
俺は、変わらなくちゃいけないんだ。
少なくとも、今のままじゃダメなんだ。
別に天華の隣に立ちたいとかじゃない。その気持ちはあの時、木っ端微塵に砕け散った。
ただこの胸を締め付けるような気持ちを、これから先もずっと引きずりながら生きていくなんて嫌だと、そう思ったから。
少なくとも、この未練たらしい自分とは別れたい。単純にそう思っただけなんだ。
だから変わる方法なんて、まだ分からないけど。
それでも夢から醒めた今、自分の中に新たに生まれたこの気持ちにすがっていたい。
天華のためではなく、自分のために。
(…まぁその前に天華との約束をどうにかしなきゃだけど)
天華の恋が実るよう協力すると約束してしまった手前、やはりこれからも天華とは話さなければいけないんだろう。
正直言ってかなりキツイ。精神的にはもうボロボロで、好きな相手の恋愛の手助けとか死体蹴りもいいところだ。
それでも、やはり俺は天華に泣いてほしくない。
俺みたいに失恋して涙を流してほしくはなかった。
少なくともその辛さを、俺は誰よりも分かっているのだから。
「えぇー、でもまだ…」
「恥ずかしいんだって。そもそも天下の往来でこんなこと…」
今はまだ学校まで距離があるが、それでも制服姿の学生の姿がチラホラ見える。
そんななかで俺たちの姿を見られて誤解されたらたまらない。
西野の耳に入る可能性だってある。それを天華だって分かっていないはずはないと思うんだが。
だから俺は渋る天華を強引に引き離そうとして――
「あれ?ゆきくんに天華ちゃん、一緒に登校してたんだ?」
いつの間にか近づいてきていた、もうひとりの幼馴染に気付くことができなかった。
「こ、琴音…」
「…………」
まずい、ミスった。そういえば琴音は、いつも俺たちより後に家を出るんだ。
すっかり失念していたが、さっきのやり取りでそれなりに時間を食ってしまったのだろう。
後悔しても既に後の祭りだが、正直俺にとっては今、ある意味一番会いたくない相手だった。
「うん、おはよう。二人とも。今朝もいい天気だね」
だけど、俺の内情など琴音にとって知る由もなく。
琴音はいつものように、明るい向日葵のような笑顔を俺たちに対して向けるのだった。
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