第一部 空回りの心
第27話 迎えた朝
迎えた月曜日の朝の気分は最悪だった。
夜中に目が覚めて吐いたことが原因だろうか。
それとも昨日は丸一日なにも食べなかったことが悪かったか。
あるいはようやく現実を飲み込めて、ずっと泣き続けていたことが影響しているのかもしれない。
思い当たることが多すぎて分からないが、大元の原因だけはハッキリしてる。
それは俺が天華に告白して振られたことだ。思い返すだけで死にたくなるほどの後悔が俺を襲う。
なんで告白なんてしたんだろう。しなければ、きっといつものような朝を迎えられたはずなのに…
だけど時計の針は戻らない。結果を受け入れるしかないんだ。
俺のことを、天華は好きなわけじゃなかった。それが全てだ。
もちろん俺に天華への告白を促した琴音を恨んでなんかいない。
そんなのはただの逆恨みであり、責任転嫁だ。
そんなことをしたら俺達の仲をを純粋に応援してくれた琴音の想いと、あの時告白を決意した俺自身の気持ちさえ裏切ることになってしまう。
そんな最低の屑になることだけは、死んでも御免だった。
西野に関しても同様で、あいつはなにも悪くない。
恨みの感情や嫉妬すらも、西野には持っていなかった。
あとあと西野に対する敵愾心のようなものが湧き上がってくるかとも思ったが、それもどうやらなさそうだ。
俺はよほど西野のことを気に入っていたらしい。
もしくはただお人好しなのか、あるいはヘタレなだけなのだろう。
なんにせよ、俺という人間がまだまともであることを理解できたことが僅かな収穫だった。
こんな形で知るわけでなかったら、もっと良かったんだけど。
「とりあえず顔洗おう…」
鏡で見たわけではないが、おそらく今の俺は相当ひどい顔をしてるはずだ。
軽くパジャマの裾で拭ってみるが、半乾きの涙が尾を引いていた。
これはやはり良くない。昨日はなんとか誤魔化したが、親に事情を聞かれても面倒だ。
両親に見られる前に、さっさと洗面台に行こう。
俺はむくりとベッドから起き上がると、ふらつく体をなんとか前へと動かしながら階段を下りていった。
「いってきまーす…」
元気のない声の見本のような挨拶を玄関に残し、俺は家を出た。
実際鏡で見た俺の顔はひどいもので、ゾンビがいるのかと一瞬自分でビビったくらいヤバかった。
何度も顔を洗ってようやくまともに見れるようになった俺は、朝飯を食いに台所に向かったのだが、それでも両親がギョッとした顔をしていたことがしばらく忘れられそうにない。
どうにも隠しきれないほどの負のオーラを俺は纏っていたらしかった。
母親には露骨に心配され、学校を休むように促されるほどだから相当なのだろう。
とはいえ、それは聞けない願いであった。
なぜなら今日は天華と朝の待ち合わせをしているからだ。
俺が休むようなことになれば、きっと天華は自分のせいだと思うだろう。
間違ってはいないけど、俺はあいつにそんな心配をさせたくなかった。
困ったことに、あれだけ思い切り振られてショックを受け、昨日は散々泣き続けたというのに、まだ俺は天華のことが好きらしい。
どうやら俺は自分で思っていたよりも、ずっと未練たらしい男のようだった。
「かっこ悪いな、俺…」
こんなんだから天華にも振られたのかもしれない。
そう思うと、また視界が滲んでくる。
くそっ…あんだけ泣いたっていうのに、まだ涙が出るのかよ。
失恋しても泣いて一晩明かしたら、スッキリして気分が切り替わるものなんじゃなかったのか?
どうやらラブコメ漫画の知識は存外当てにならないものらしい。現実に応用はできなさそうだ。
少なくとも俺は今後主人公とくっつくメインヒロインより、振られて主人公の元から去っていくサブヒロインのほうに感情移入することだろう。
こんな気持ちを何人もの女の子に味あわせるとか、馬鹿なんじゃねぇかあいつら。
なにがハーレムだ。その先にある結末を知った今となっては、もう嫌悪感しか湧いてこない。
好きだった漫画が嫌いになりかけるほどに、恐ろしく強烈な体験だった。
生まれた時から一緒だった相手と心が繋がっていなかったことが、こうもキツイとは。
心にぽっかり穴が空いた感覚がある。
いつかこの穴は、埋まるのだろうか。
「天華が振り向いてくれたらすぐにでも…なんだろうかね。無理だと分かってるけど」
自分で言っててなんとも頼りない言葉だ。
正直、天華が振り向いてくれたとしても埋まるかは、かなり怪しいと思う。
なんせ前まであった燃えるような想いが、今はどこかにいってしまったという妙な確信が、俺の中にはあったのだ。
昨日散々泣きはらしたのも、振られたショックというよりは、その想いが自分の中から霧散してしまったことがショックだったからだと思う。
今の俺に残っているのは、天華を好きだという気持ちの残り火だ。
振られてすぐなくなってしまうとか、俺の天華に対する気持ちはそんなものだったのだろうか。
自分自身の気持ちすら信じきれなくなったことが、今はただ悲しかった。
この痛みを乗り越えて、また俺は誰かを好きになることができるのだろうか。
「こんなこと考えるなんて、俺らしくねぇよな…」
「遅いわよ!」
俺が閉じた玄関のドアを見つめながら感傷に耽っていると、不意に背後から声が聞こえてきた。
それは俺がずっと聞いていたかった声で、同時にもう聞くのが辛い声。
「もう、しゃんとしなさいよ。男でしょ!」
振り返るとそこにいたのはいつも通りの姿を見せる幼馴染。
来栖天華の姿があった。
「ほら、行くわよ雪斗」
天華は綺麗な笑顔を見せながら俺に手を差し出してくる。
その手はもう、俺が握れるはずがないというのに。
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