第26話 ツンデレ幼馴染の嘘は戻らない
「大事な話あるんだけど、午後から会えないか?」
その言葉を聞いたとき、私は思わず叫びそうになってしまった。
大事な話ってつまり、そういうことよね…?
ずっと待ち望んでいた言葉をついに聞けるときが来たんだと思うと、喜びで胸が一杯になるけど、まだ確信が持てるわけじゃない。
とりあえず雪斗に話を促して最後まで聞いた結果、昼の13時に待ち合わせることになった。
電話を切ったあとも、私の胸の高鳴りは収まることがない。
むしろますます鼓動は早まっていき、体から心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
(こ、このままだと死んじゃうかも…)
とはいえこうしてはいられない。
時間まであと一時間以上はあるとはいえ、女の子は準備に時間が掛かるのだ。
それも、今日はもしかしたら一世一代の大舞台になるかもしれない。
あの雪斗が自分から呼び出すなんて、これまでなかったことだ。
なにより、電話越しでも分かるあのどこか緊張した声。
あれには身に覚えがあった。いつも私が告白されるときに聞く声と雰囲気を、雪斗からも感じていたのだ。
つまり、今日私はきっと、雪斗に…
「…し、仕方ないから雪斗にも分かるくらいにはオシャレしてかなきゃね…そう、仕方ないから。雪斗とはいえ、男の子に恥をかかせるわけにはいかないものね…」
誰も聞いていないというのに、私の口からは思わず独り言が零れてしまう。
逸る自分を押さえつけて、私はクローゼットの取っ手に手をかけるのだった。
「…うん、これでバッチリなはず…」
あれから一時間後、私はメイクも着替えも済ませ鏡の前で最後のチェックをしているところだった。
お気に入りの黒のワンピースに薄めのナチュラルメイク。シンプルだけど纏まった装いだ。
もう少し頑張るべきかとも思ったけど、これ以上はキリがなさそうなのでこれで満足する他ない。
どこから見ても、私は綺麗な女の子。
うん、雪斗には勿体無いくらい、来栖天華は美少女だ。
「…よし、行こう」
最後に一度大きく深呼吸をし、私は部屋のドアを開けた。
そのまま階段を下りて、玄関に向かう。
掛け時計を見ると、まだ約束の時間まで30分はある。
ここから公園まで10分もかかることなく着くけど、待ち合わせに遅れたくないというのもあるし、できれば雪斗より先に着いて、まずは心を落ち着けたい。
少し早いけど、もう家を出ることにした。
「行ってきます」
誰もいない家の中に向かって、私は挨拶を投げかける。
そして前を向く。この一歩が、私と雪斗の新たな一歩になるのだと信じて、私は足を踏み出した。
「や、やっぱり帰ろうかしら…」
公園まであと少しというところで、私はだんだん怖気づいてきてしまった。
もし違ったらどうしよう。実は琴音に告白したいから手伝って欲しいとか言われるのかも。
そもそも告白されること自体が私の勘違いで、実は全く違うことでの呼び出しだったり…
嫌な想像が、頭の中をぐるぐると巡っていく。
正直帰りたい。でも雪斗を信じたい。
そんな弱気と期待がごちゃまぜになった気持ちのまま、私はいつの間にか公園の入口まで到着していた。
「き、来ちゃった…」
もう着いてしまったという怯えが、私の中に少しづつ広がっていく。
(と、とりあえず様子見を…)
私が取った選択は確認だった。
雪斗がいなければ公園の中でこっそり待機、いたら…どうしよう。
なんにせよ、まだ時間は早いし大丈夫だろうと思ってこっそりのぞき見たのだが…
「ウソ…あれが雪斗?」
私は驚いた。
そこにいたのは、まるで別人のように生まれ変わった雪斗だったからだ。
服もバッチリ決めてるし、髪もちゃんとセットしてる。
姿勢も堂々と胸を張っており、いつも学校で見せているどこかオドオドしてて、自信なさげな顔とは全然違った。
「か、かっこいい…」
思わず呟いてしまう。それくらい今の雪斗は見違えていたのだ。
いったい、なにがあってあんな姿に―――
「…いえ、ひとりいたわね…」
心当たりはあった。琴音だ。
きっとあの服はあの時、琴音と一緒に選んだものなのだろう。
きっと琴音にいろいろ教わったのだ。それであんなに格好良くなったんだ。
そしてあんなに自信を持った顔で、私のことを待っている。
(私の言うことは、聞かなかったくせに…)
その時私の胸に湧き上がったのは、嫉妬の感情だった。
これまで私は人から邪険にされたり、悪意を向けられることはあった。
だけど、雪斗はそれでもずっとそばにいてくれた。
なんだかんだ喧嘩しても、ずっと近くにいてくれたのだ。
だから雪斗がいなくなるなんて、考えたこともなかった。
雪斗は私のそばにいる。離れていくことなんてない。
そうだ、そんなはずはないんだ。
雪斗は私のものであり、私以外の女が雪斗を好きになるはずがないんだから
そんな思いが私の奥底にはずっとあり、その想いを疑ったことなどなかったのだ。
だから琴音好みの服装をして、私に告白するなど、認めることができなかったのもしれない。
そしていつの間にか琴音が私より距離を縮めていたのかもしれないという、自分自身の怯えと弱い気持ちのことも。
自分の心の底に秘められていた独占欲に、この時の私は気付けなかったのだ。
気付けていれば、きっと未来は違ったものになっていたはずなのに。
だけど、時計の針は戻ることなく。
私と雪斗の目が、合ってしまった。
「あっ…」
しまったと思うがもう遅い。
どうやら僅かに覗かせていた髪で気付かれたらしい。私の赤い髪はよく目立つのだから。
昔、雪斗に褒められた髪。
「きれいだね」と褒めてくれたから、ずっと伸ばし続けた髪だ。
私はあまり好きじゃなかったけど、雪斗が褒めてくれたから好きになった。
今でも手入れは怠っていない。
そんな髪を靡かせて、私は一歩づつ雪斗に近づいていく。
(怖い)
背筋を伸ばし
(怖い)
静かに待つ雪斗を見つめて
(琴音が、雪斗を変えたの?)
ピンと伸ばした足が地面を叩き
(そうだとしたら)
私は雪斗の前にたどり着いた。
心の怯えを引きずりながら、隠しながら。
私は雪斗に視線を合わせた。
(取られちゃうの、怖いよ)
この時、私の胸にあったのは、告白を待ちわびる乙女心などではなく。
これまで体験したことのない、怯えと恐怖の感情だった。
「天華…来てくれてありがとう」
「いいわよ、別に…それで、用事ってなに?」
雪斗の言葉も、正直私の耳には届いていなかった。
頭を下げる姿を見て、反射的に言葉が出たのだ。
私は自分の中で暴れる感情を制御するので精一杯で、まるで余裕なんてない。
だけど、そんな私を雪斗はまっすぐ見つめてくる。
それを見て、ようやく少しだけ落ち着けた。
相変わらず綺麗な目をしてるなぁなんて、場違いなことを考えてしまう。
そして雪斗は息を吸い込み、
「俺…天華のことが好きなんだ。だから、俺と付き合って下さい」
私がずっと待ち望んでいた言葉を口にした。
「ほん、とに…?」
でも、私の中にはある疑問が渦巻いていて
「ああ、本当に俺は天華のことが好きだ。ずっと前から好きだった。だから、お願いします!」
(本当にそうなの?)
そんな疑問が、脳裏をよぎってしまったのだ。
ずっとずっと待っていた告白なのに、どうしても疑いの気持ちが消えてくれない。
―――琴音とデートしてたのに?
―――私じゃなく、琴音が選んだ服で私に告白するんだ
―――本当に雪斗のこと、信じていいの?
実は琴音のことが好きで、私から離れていくんじゃないの?
取られて、いなくなっちゃうんじゃないの?
「ふーん。そ、そうなの…でも残念だったわね…わ、悪いけど」
そんな言葉が、どうしても浮かんできてしまって
―――いなくなってしまうくらいなら。恋人じゃなく、いっそ手の届くところに置いてしまうようにすれば
「私、好きな人がいるのよ」
そんな考えがよぎってしまった私は、好きな人の目の前で、嘘をついてしまった。
「え…」
雪斗は驚いた顔をしていた。当然だと思う。
口にした私でさえ、何故こんなことを言ったのかわからないのだから。
「聞こえなかったのかしら、別にアンタのこと好きじゃないって言ってるの!」
だというのに、心とは裏腹に出てくる言葉は止まらない。
これ以上そんなこと言わないでと、必死になって止めているのに、まるで濁流のように否定の言葉が溢れ出す。
「うそ、だろ…」
「嘘じゃないの、お生憎様。全く、雪斗が私に告白するなんて百年早いのよ。身の程知らずもいいとこだわ」
そして気付いた時には、いつものような憎まれ口を叩いて会話を終わらせようとしている自分がいた。
―――なにやってるのよ、私
絶望が私の心を支配していく。
なんで?どうして私、こんなこと言ってるの?
ねぇ、神様おかしいよこんなの。
だって私、ほんとはとっても嬉しくて。
もっと素直に、私もずっと大好きだったって、言いたかったはずなのに―――
だけど、私にとっての絶望はまだ終わったわけじゃなくて
「誰、だよ…」
「へ?」
「天華は誰が、好きなんだ?」
雪斗は私に向かって、そんな言葉を口にした。
「だ、誰でもいいでしょ!そんなの!」
「教えてくれよ!!」
止めてよ、そんなこと聞くの…
私が好きな人は、本当は目の前にいるのに。
だけど雪斗の目はさっきまでとは全然違ってて、すごく怖い。
いつもの雪斗じゃない。いつもなら、喧嘩をしてももっと優しい目をしていた。
私がこんな目をさせてしまったのだという罪悪感から逃れたくて。
私は咄嗟に思いついた、ある男子の名前を口に出した。
「えっと…そう、西野くんよ」
「にし…」
西野くんの名前を言ってしまったのは、クラスの中で私が雪斗以外に唯一信頼している男の子だったから。
オリエンテーションの最中、雪斗と仲が良くなったことはなんとなくわかっていたけど、他に思いつかなかったのだ。
もちろん実際に西野くんに対して恋心なんて持っていない。私が好きなのは雪斗だから。
だから浮気なんてするはずないし、そんなつもりもない。
だけど、雪斗の反応が怖い。怒って西野くんとの仲が悪くなったら彼に対しても申し訳ないと、そう思ったのだけど―――
「そっか…分かったよ。うん、西野か。そうか…」
私の言葉を受けて、急に動きを止めて考え込んでいた雪斗は、やがてゆっくりうなだれていった。
(な、なんとかなった…?)
罪悪感はあったけど、ひとまずほっとした。
今なら雪斗も話を聞いてくれるかもしれない。
だけど、今さらついた嘘は取り消せない。せめて時間を置かないと。
でも、もしかしたらその間に、琴音に雪斗を取られてしまうかもしれない。
それだけは嫌だ。こんな形で雪斗と離れるなんて絶対に認めたくない。
なんで私はこんなに素直になれないのよ…!
悔しさと憤りの炎が、私の胸を掻き乱す。
それでも頭をなんとか回転させ、ある策を思いついた。
「だ、だから雪斗にお願いがあるのよ!」
「俺に…?なんだよ、もうこれ以上なにが…」
これはきっと、雪斗を傷つけるかもしれない。
だけど、それでも私から離れていってほしくない。
「私に…そう、教えてほしいのよ。男の子の好みとか、いろいろ!雪斗でも男の子なんだし、参考になるかもしれないしね!だから、私の恋が叶うようにこれからは手伝いなさい!」
自分でも無茶苦茶なことを言っているのは分かっていた。
それでも、私は雪斗をつなぎ止めたい。振った直後にかける言葉ではないと分かっていても、私は雪斗にそばにいてほしい。
それに、ほら
雪斗は私が好きだって、そう言ったじゃない
琴音じゃなく、私を好きだって言ったのは確かじゃない?
だから、大丈夫だよね?
雪斗は私が好きなんだもんね?
だから、お願い神様。お願い、雪斗…!
そんな私の祈りが通じたのか、雪斗はため息をつきつつも、私のほうを向いてくれた。
「…お前、自分がなに言ってるのかわかってんのか?振った相手に手伝えとか、鬼畜ってレベルじゃねーぞ」
「わ、わかってるわよ…」
本当にひどいことを言っていると思う。私なら絶対怒って詰め寄ることだろう。
だけど、雪斗は優しく笑ってくれて。
「…いいぜ。分かったよ…」
私の言葉に頷いてくれたんだ。
「お前の恋が叶うよう、手伝ってやる」
私は、雪斗の優しさに救われた。
「あ、ありがとう…それじゃあ早速、月曜日から一緒に登校しなさい!いろいろ教えてもらうんだから!」
「…おいおい、早速かよ。俺だって心の整理とかいろいろあるんだが」
ダメよ、そんなの。
そんなの、絶対認められない。
私を忘れようだなんて、許さない。
「い、いいでしょ!私と一緒に登校できるんだから感謝しなさい!馬鹿雪斗!」
本当に馬鹿なのは、私だ。
素直になれなくて、こんなことになってしまった馬鹿な私。
こうして雪斗の優しさに甘えて、無理矢理近づいて恋人になれなかったのにそばにいようとしてる。
なにをやっているんだろう。なんでこんなやり方しかできないんだろう。
…だけど、きっと取り返しはつくはず。
そうだ、私に付き合ってくれるということは、まだ私のことが好きだから。
それなら、まだきっと大丈夫。なんとかなる。
絶対素直になって、今度は私から告白するんだ。
私も、ずっと雪斗のことが好きだったって。愛してるって。
そう言って、必ず許してもらうんだ…今はまだ、無理だけど
いつかきっと、私達は本当の恋人同士になる!
…絶対琴音には渡さない。雪斗は私だけのものなんだから
そうして私は素直になることができないまま
雪斗と新たな関係を結ぶことになったんだ
でも、私は気付くことができなかった
それが、もう取り返しのつかない嘘だったって気付くのは―――
素直になれなかった女の子の嘘は、もう戻らない
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