第25話 告白した少年はその嘘を見破れない

「天華…来てくれるよな…」


現在の時刻は12時半。天華との待ち合わせ時間から30分も早く、俺は約束の公園に到着していた。


昼ご飯を早々に食べ終えた俺は、用意していたこの前購入したばかりの琴音コーディネートの服装に着替えて髪型をセットし、いざ告白へと臨んできたのだ。


以前よりは外見は多少マシになったはず。少なくとも天華に恥をかかせることはないと思いたい。


未だ自分に自信を持てているとは言い難いが、俺は今日生まれ変わる。


その決意を持ってここにいるんだ。この告白が成功したら、俺は天華にふさわしい男になってみせる。


そんな想いを胸に秘め、俺はなんとか自分を奮い立たせた。


そうでもしないと、足がガクガクいってしまいそうだ。


なんなら喉ももうカラカラである。


弱気が顔に出そうになるのもなんとか堪え、ギリギリの精神状態で待ち望んでいるが、早く来てくれないと緊張で心臓が破裂してしまうかもしれない。


(とはいえまだまだ時間はあるし…まいったな…)


チラリと時計を見ると、ようやっと40分に差し掛かったところだった。


このままあと20分待たなければいけないのは、正直いってかなりキツイ。


一度水でも飲んで落ち着こうかと思っていると、公園の入口にふわりと靡く赤い髪が見えた。


「天華…」


そこにいたのは天華だった。


彼女も約束の時間より、だいぶ早く着たらしい。


そのことが嬉しい反面、ますます心臓の鼓動が早まっていく。


俺の姿を見つけた天華は、少し顔を赤らめながらゆっくりとした足取りで、こちらに向かって歩いてくるようだった。


(やっぱり天華は綺麗だな…)


その姿に、俺は思わず見とれてしまう。


天華は立ち振舞いにもどこか品がある。


何も知らないやつが見れば、今の天華はどこかのご令嬢と勘違いしてもおかしくない。


今日の服装は高そうな黒のワンピース姿だった。


ところどころに細かな刺繍が施されており、見るからに高そうだ。


天華の姿も、どこか気合が入っているように思えた。


本当に、綺麗だ。


そんな天華に、俺は今から告白する。


再度喉を鳴らして唾を飲み込むのと、天華が俺の前で立ち止まるのはほぼ同時だった。


「天華…来てくれてありがとう」


「いいわよ、別に…それで、用事ってなに?」


まずはお礼を言った。来てくれて、本当に嬉しい。


少なくとも、俺の話を聞いてくれる気はあったということなのだから。


俺が頭を下げるのを咎めた天華は、すでに顔が真っ赤である。


それが彼女の髪の色と相まって、ますます魅力的に見えてしまう。




昔から、俺がずっと好きな髪だ。


性格も生意気で、気が強くてどうしようもなく気が合わないと思う時もあるけれど、それでも俺はこいつとこの先も、ずっと一緒に歩いていきたい。


そう思ったから、俺は。


「俺…天華のことが好きなんだ。だから、俺と付き合って下さい」


ずっと胸に秘めていた言葉を口にした。


「ほん、とに…?」


「ああ、本当に俺は天華のことが好きだ。ずっと前から好きだった。だから、お願いします!」


戸惑う天華をよそに、俺は頭を下げた。


これが俺の精一杯。俺の全てを天華にぶつけた。


顔を上げた時、きっと天華が俺の想いに応えてくれると、そう信じて。




「ふーん。そ、そうなの…でも残念だったわね…わ、悪いけど」




だけど―――




「私、好きな人がいるのよ」




返ってきた言葉は、俺にとっての絶望だった










「え…」


「聞こえなかったのかしら、別にアンタのこと好きじゃないって言ってるの!」


聞こえてる。ハッキリと聞こえてる。


だけど、その言葉を信じたくない。だって、だって――


「うそ、だろ…」


「嘘じゃないの、お生憎様。全く、雪斗が私に告白するなんて百年早いのよ。身の程知らずもいいとこだわ」


俺は、本当に天華が好きなのだから―――




「誰、だよ…」


「へ?」


「天華は誰が、好きなんだ?」


本当は聞きたくない。だけど、聞かなきゃ諦めることだって出来やしない。


「だ、誰でもいいでしょ!そんなの!」


「教えてくれよ!!」


じゃなきゃ納得なんて出来ない。いや、聞いたところで納得なんて――!




「えっと…そう、西野くんよ」




「にし…」




西野、だって?


その名前を聞いたとき、俺の中でストンとなにかが落ちていく音が聞こえた。








西野が、好き?


そう、なのか。そうか、そうだよな。


あいつ、いいやつだもんな。うん、俺よりずっといいやつで、すごいやつだ。


なんでもできるし、リーダーシップだって抜群だ。


それに加えてあのイケメン。まさに完璧超人だ。西野なら天華の隣に立っていても、きっと誰も文句など言うことはないだろう。


それくらい天華と西野は理想のカップルになれるほど、お似合いのふたりだ。


俺なんかとは、違って。



だから、だから分かる。分かるけど…


そんなの、どうやっても俺に勝ち目なんてないじゃねぇか…!




俺は西野のことをすごいやつだと思ってる。


自分から殻を破って踏み出した西野のことを、あの時素直に尊敬した。


それと同時に、こうも思ったのだ。


俺は絶対に西野に勝つことなんてできないと。


だから、今俺の胸の内にあるのは西野に対する妬みや憎しみなんかじゃない。


あいつなら、きっと天華を幸せにできるんだろうという、諦めと納得の感情だった。




俺は戦う前から、西野という男に屈したのだ。








「そっか…分かったよ。うん、西野か。そうか…」


俺は今、どこにいるのだろう。


足元がおぼつかない。まるで海の中にでもいるような感じだ。


もがく気も起きず、このままどこまでも落ちていきたい。そんな思いさえ湧き上がる。




だけど、俺の絶望はまだ終わってはいなかった。


むしろここからが本番だったのだ。


「だ、だから雪斗にお願いがあるのよ!」


「俺に…?なんだよ、もうこれ以上なにが…」


もうここにいたくなかった。


涙も流れないほど、俺の心は砕けていた。


すぐにでも家に帰りたい。胸をかきむしり、なんであんな身の程知らずの想いを抱いのかと自分のことを罵りたい。



だけど、天華はそれを許してくれなくて。


「私に…そう、教えてほしいのよ。男の子の好みとか、いろいろ!雪斗でも男の子なんだし、参考になるかもしれないしね!だから、私の恋が叶うようにこれからは手伝いなさい!」




俺に、最後の絶望を叩きつけてきたんだ。






俺は、ずっと天華を好きだったのに。




そんな俺に、自分の恋を手伝えと。




俺以外の男と幸せになる手伝いをしろという。




そんな、どうしようもない絶望を。






「…お前、自分がなに言ってるのかわかってんのか?振った相手に手伝えとか、鬼畜ってレベルじゃねーぞ」



「わ、わかってるわよ…」




だけど、俺はやっぱり大馬鹿で。




それでも天華が好きだったから。




「…いいぜ。分かったよ…」




その言葉に、頷くしかなかったんだ。




「お前の恋が叶うよう、手伝ってやる」





この日、俺の初恋は静かに幕を閉じた。

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