第29話 誤解

「…ああ、おはよう琴音」




「おはよ…」




俺と天華はそれぞれ琴音に挨拶を交わしていく。


だが内心では、今すぐにでもこの場を逃げ出したい思いで一杯だった。


なにせ琴音に背中を押される形で天華に告白したのだ。


その結果が見事に振られましたでは、さすがにまだ合わせる顔が見つからない。




俺の思いとは裏腹に琴音は立ち止まってこの場に留まり、俺と天華の顔を交互に見比べると、優しい笑顔を浮かべていた。


だけどその顔は、どこか儚くも見える。


大切なものを失くしてしまったような、まるで宝物がどこか遠くに行ってしまったかのような、そんな顔だった。




「そっか…上手くいったんだね。ゆきくん、天華ちゃんおめでとう」




「え…?」




琴音は何を言ってるんだ?


実際は真逆で、俺の告白は見事に玉砕したというのに。




「早速朝から一緒に登校なんて、ちょっと妬けちゃうな。邪魔したら悪いから、私先に行くね」




「あっ、琴音!」




思わず呼び止めるが、琴音には俺の言葉が耳に届かなかったのか、信号が青になっていた交差点をそのまま走り抜けていってしまった。


その小さな背中は俺からどんどん遠のいていく。




「まいったなぁ…」




完全に誤解させてしまった…


確かに今の状況だけ見れば無理もないと思う。


まさか振られた直後に俺を振った告白相手と一緒にいるとか、普通は思わない。


そこまで想像を働かせるなんて、どこぞの名探偵でも無理だろう。


そんなことを考えるやつが実際にいたら普通に引くし、よほどのヒネクレ者に違いない。




(まぁ俺の場合はただの馬鹿なんだけど…)




傍から見たら俺は天華に未練タラタラで、そばにいることでワンチャンにすがってる情けないやつなんだろうな…普通にへこむ。


後で弁明したいところだったが、どう言えばいいのか見当もつかない。


琴音に関しては当面保留にするしかないか…




「雪斗、なにぼさっとしてるのよ。信号が変わらないうちに私達も行くわよ」




「あ、ああ。そうだな」




ため息をついてる俺の脇腹を、天華が肘で軽く小突いてきた。


そのまま俺たちは並んで横断歩道を歩き出すが、さっきとは打って変わってどうも天華の様子がおかしい。どこか不機嫌そうに見えた。




「天華、どうかしたのか?」




「別に…」




そう言って天華は視線をそらしてしまう。


なんだろう。原因は琴音くらいしか思いつかないが、誤解とはいえ俺たちを普通に祝福してたんだから、機嫌を悪くする要素なんてなかったと思うんだが…


別に仲も悪くなかったよな、この前も一緒に楽しそうに話してたし。




あ、でも心当たりはあるか。俺と天華が恋人になったと誤解してるとか、西野が好きな天華からすればそりゃ嫌だよな…




ようやく合点がいったが、俺はますます落ち込んでしまう。


そんなに俺と恋人に見られるのが嫌だったのか…やべぇ、また泣きそうだ。




天華は相変わらずそっぽを向いていたが、触らぬ神に祟りなしとも言うし、完全に気分がブルーになっている俺にとってはむしろ好都合だ。


正直天華と話すだけでどんどん辛くなっている。




(末期だな、俺…)




今はこの重圧のある空気さえ、まだ居心地よく感じてしまうくらいに俺の心は疲れていた。




そのまま学校に近づくまで、一言も発することなく俺たちは互いに無言で歩き続けた。










「天華、ちょっと離れて歩けよ」




「はぁ?なによ、いきなり」




あと少しで学校に着くというところまできた俺は、少し天華と距離を置きたいと思って声をかけた。


天華はまたも不機嫌そうに答えるが、なんでそんな顔をするのか俺のほうが疑問なんだが。


しょうがないから説明するが、こんなこといちいち口にするまでもないと思うだけどな…




「いや、西野に俺たちが並んで歩いてる姿見られるのはまずいだろ。誤解されたらどうするんだよ」




「え…?」




俺の言葉に天華はキョトンとした顔を浮かべた。いや、なんでさ。




「お前、西野が好きなんだろ?俺と一緒にいるとこ見られたら印象悪いに決まってるぞ」




「あ…そ、そうね。そうよね、うん…」




ようやく俺の言葉が理解できたのか、天華は少し距離を取るように歩幅を狭める。


でもその顔はまだ不満そうだ。どうも要領を得ない。


まるで俺と離れることを残念がっているようにも見えるが、それは俺の勘違いだろう。


本命の西野に申し訳ないとでも思ってるに違いない。


そのはずだ。俺はこれ以上、天華に期待したりなんてしないと決めたのだから。




そうして俺たちは離れていく。いつかのように、俺たちは見えない壁に阻まれていく。


あの時と違うのは、その状況を俺が望んでいるということだ。


あんなにも遠いと思っていた天華との距離が、今はありがたかった。




「じゃあまた教室で…」




「天華おっはよーう!」




そのまま俺は早足で歩き出そうとしたのだが、背後から聞こえてくる声に思わず振り返ってしまう。


そんなところまで再現しなくてもいいというのに、やはり神様ってやつは残酷だ。




「ちょっとみくり、アンタまた…」




「へへー、今日もいい匂いがしますなぁ。お、ゆきっちじゃん、おっはよー!」




「おはよう、砂浜さん」




砂浜みくりがいつものように天華へとじゃれつく姿を、俺は引きつった顔で見せ付けられることになるのだった。


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