第38話 最終局面
「……そ、そんな……サキュバスの純血種を……子供扱いだなんて……!」
「は、はは……ほ、ほら、ろっくんてば、異世界を救った英雄さんだから!」
「にしても異常だわよ! てかヒロの奴、あんなに強かったわけ!?」
一応これでも世界を救う程度の力はあるからな。相手が世界を壊せるほどの力の持ち主じゃなければ、負ける要素はほぼねえよ。
すると土嚢があった部分が爆発でもしたかのように吹き飛び、その中から膨大な霊気を放出するリリーが姿を見せた。
「ああウゼェ! このクソガキがぁ! 大人しく私の餌になってりゃいいのによぉ!」
どうやら今度は俺相手にキレてしまったようだ。
両手の爪を伸ばし、俺に接近してくる。
縦横無尽に動き回り、あらゆる場所から攻撃を仕掛けてきた。
俺はそれをすべて見極めて回避していくが、リリーの一撃一撃によって、地面や壁などが切断や破壊されていく。
「! やっぱりリリーは凄いわ。今のアタシじゃとても敵わないもの。それなのにアイツったら……」
ソラネにとったらリリーは明らかに格上の存在。どう転んでも勝機などはないだろう。
しかしそんなリリーにすら圧倒している俺に絶句してしまっている。
「ああオラッ! 何で当たらねえんだチクショウが!」
お姉さんお姉さん、言葉遣いがマジ汚いっすよ。それに顔が怖え。
俺は隙を見つけて、突き出された腕を取って一本背負いを食らわせる。
しかし身体を器用に捻って、一本背負いから抜け出して宙へと逃げるリリー。
へぇ、今のをかわすのか。やっぱ戦闘センスが高えな。
「はあはあはあ……こ、このガキィィィ……ッ!」
歯ぎしりが聞こえてくるくらいに食いしばっている。
これほどまでに好きなようにされたのは初めてなのかもしれない。多分コイツは、圧倒的な力で、他者を常に突き放してきたのだろう。
だからこんなに子ども扱いされたのなんてほとんどないはず。
俺はソラネをチラリと見る。すると彼女もまた、俺の視線に気づきコクリと頷く。
どうやら回復したようだ。
別に俺一人でも、コイツを何とかすることはできる。
けれどコレはあくまでもソラネの仕事であり、彼女が始末をつけるべきもの。
俺はあくまでもサポーターだ。だから最後の締めは、ソラネに任せるつもりである。
その場からソラネのところまで駆け寄った俺は、
「行けるな、ソラネ?」
「ええ、ヒロのお蔭でね。けどいいの? あのままでもアンタなら倒せたでしょ?」
「俺はお前を支えるだけだ。だから後は任せるぞ、『妖祓い』!」
「……任せなさい!」
ソラネの肩に触れ、そのまま霊気を流し込む。
「我が言霊に応じ、馳せ参じよ――《火俱夜》!」
第三開戦、ソラネのリベンジが始まった。
「またその人形かぁ! 今度は微塵切りにでもしてやろうかぁ!」
リリーが、再度出現した《火俱夜》に向かって、自慢の爪で貫こうとしてきた。そしてまた先程のように生気を奪うつもりなのだろう。
ソラネの今の力量では、俺としおん両方の霊気を同時に取り込むことはできない。
なのでせっかくの空中飛行だったが、その能力は失われてしまっている。
ただそれを補って余りある効果を、《火俱夜》は発揮していた。
「――っ!? か、固い……っ!?」
《火俱夜》に突き刺されたリリーの爪だったが、《火俱夜》が纏っている霊気の防御壁のお蔭で傷一つついていなかった。
「す、凄いわ……霊防力が桁違いに上がってる……!?」
ソラネ自体も驚愕するほどの変わり様らしい。
それに――。
「かはぁっ!?」
《火俱夜》の折り畳まれた扇の突き出しを受け、リリーが苦悶の表情で吹き飛んでいく。
「霊撃力も爆発的に上がってるわ。これならイケる!」
たった一撃で大ダメージを与えるほどの攻撃を得た《火俱夜》を、さすがのリリーも驚異的だと判断したのか、すぐに距離を取って眷属を使って遠距離から攻撃を再会する。
「《火俱夜》――《火葬扇》!」
以前悪霊になったオッサンを強制成仏させた技だ。
扇から放たれた炎は渦を巻き……渦を……え?
俺も思わず「は?」となったのは、《火俱夜》が放った炎の渦の規模が明らかに尋常じゃなかったからだ。
コウモリたちは一瞬で焼け落ちただけじゃなく、その先にいるリリーにまで巨大な炎の竜巻が迫っていく。
「う、うっそぉぉぉぉっ!?」
リリーもあんぐりと口を開けながら、想定外らしき猛火の渦に度肝を抜かれている。
「ちょ、あれ……死んじゃうんじゃね!?」
「あわわわわっ!? 強制解除っ!」
リリーが炎に飲み込まれる瞬間、ソラネが技を解除して事なきを得た。
「……忘れてたわ。ヒロの霊気は規格外だった……」
「わ、悪い……」
一応これでもほんの僅か程度の霊気しか流していないのだが、どうもいまだに手加減が難しい。
「ゴラァァァッ! 殺すつもりかお前らぁぁぁっ!」
それをリリーが言うのはどうかと思うが、確かにあのままだと死んでいた可能性が高い。
ソラネは相手を殺すつもりなどないのだ。悪霊ならともかく、たとえ悪さをしていたとしても、人間の言葉が通じる相手なら、できる限り生きて捕縛するつもりである。
俺は彼女のそんな信念に対し、甘いと思うものの、それもまた大事な誇りだと反論することはしない。
「クソが! とにかくあの坊やのせいで分が悪い! こうなったら!」
リリーの意識が、俺たちとは別の人物へと向かう。
そして彼女の眷属たちが、その対象――しおんへと走った。
「しおん!?」
ソラネが助けようと《火俱夜》を向かわせようとするが、残念ながら少し遅い。
「このガキを人質に取りさえすればぁぁぁ!」
そうして結界を破らせるか、ソラネと俺を倒すか、そういうビジョンがリリーの脳内に描かれていることだろう。
しかしリリーは、俺がただ力が強いだけの人間だと思っている。
――それが敗因だ。
俺はしおんの足元に《ゲート》を出現させ、俺の頭上へと扉を開き、そこから落下してきた彼女を俺が横抱きに受け止めた。
「ろ、ろっくん!?」
「よっ、無事だな?」
「うん! ありがと!」
ホッとする俺たちとよそに、何が起こったか分からない様子で俺たちを睨みつけてくるリリー。
「き、貴様らぁぁっ、一体何しやがったぁぁっ!」
「答えるわけないでしょうが、おばさん!」
「~~~~っ!?」
もう見せられないほどに怒りに歪み切った表情ですよ、おば……いや、お姉さん。
一応俺は女性には優しいつもりだからな。一応……うん、一応お姉さんと呼んどく。
「もういいっ! もう我慢の限界だっ! 貴様らはすべての精気を吸い出し、ミイラにしたあげく、真っ裸にしてスカイツリーにでも飾ってやろう!」
うわぁ、それはやだなぁ。できればピラミッドの中が良い。そして俺は伝説になる……。
ってな感じでアホなことを考えていると、リリーがさらに上昇し両手を頭上へと掲げた。
すると彼女の全身から立ち昇っていく霊気が、一カ所に集束し巨大な球体状の物体へと変貌を遂げる。
「なっ……何ていう霊力なの!? あれをまともに受けたら、さすがに今の《火俱夜》でも受け切れないわ! ……こうなったらヒロ、アタシにもっと霊気を送り込んで!」
「……それはダメだ」
「何でよ!?」
「お前……もう限界だろう?」
「!? ……だ、だけど……」
実際全身からは汗が噴き出ているようだし、足元もどこかフラフラと力がない。これ以上霊気を送り込んでも、ソラネが耐えられるとは到底思えないのだ。
「安心しろ。お前はただ信じて《火俱夜》を突っ込ませりゃいい」
「は、はあ? さっきも言ったけど、今の《火俱夜》じゃあの巨大な霊気の圧縮体は受け止められないわよ!」
「――信じろ」
俺は真っ直ぐソラネの目を見て、それだけを言う。
ゴクリと喉を鳴らしたソラネは、一瞬沈黙したが……。
「…………分かったわよ。アンタを……ヒロを信じてやるわ!」
ソラネの言葉に俺は頬を緩める。
さて――んじゃ、終局といきますか。
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