第39話 異種事案対策理事会

「教えてやるぞガキどもぉ! これは私の特性を持った《妖気球》! 触れただけで一瞬にして精気を吸い尽くす! 三人もろとも、私の糧になりやがれぇぇぇっ!」


 リリーが《妖気球》とやらを放ってきた。

 ここから見れば、まさに隕石が落下してきたようだ。

 俺はソラネと顔を見合わせ互いに頷く。


「《火俱夜》、これで最後にするわ! 踏ん張りなさい! 最大跳躍っ!」


 全力を込めて、リリーに向かって……いや、《妖気球》に向かって跳ぶ《火俱夜》。


「クハハハハ! バカめっ! そのままミイラにしてやるわっ!」


 勝利を確信しているかのようなリリーの表情。

 それが歪んだのは、そのあとすぐのことだった。


「すべてを呑み込め――――《ブラックゲート》」


 《妖気球》の目前、空間が歪み螺旋を描きながら漆黒へと色づく。

 その中心から生まれる強烈な引力によって、《妖気球》が有無を言わさず呑み込まれていく。


 それはまさしくブラックホールそのもの。

 あれほどまでに強力な霊気を帯びていた巨大な球体は、一瞬にして黒い扉へと吸い込まれて消失してしまった。


「バ、バカなぁぁぁっ!?」


 愕然と声を上げるリリーは、大きく口を開けながら固まってしまっていた。

 《ブラックゲート》が閉じ、その奥から《火俱夜》がリリーへと迫って来る。


 このままではマズイと思ったのか、リリーがその場から逃げようとしたその時、何か細いものが飛来し、彼女の翼に突き刺さった。

 直後、リリーが痛みに顔を歪めたような表情をしたのを俺は見逃さなかった。


 ! 今のは……!?


 ただ確かめるには時間がない。

 痛みによって身動きを止めたリリーに、《火俱夜》が辿り着く。


「《火俱夜》――《回天連舞》!」


 両手に携えた扇を構え、《火俱夜》が身体を回転しながら次々と攻撃を振り出していく。


 リリーは防御する暇もなく、全身を凄まじい速度で殴打され、徐々に体力の限界がやってくる。

 先程の《妖気球》も、彼女の奥の手だったのだろう。今の彼女に残っている霊気もまた少ない。


「最後よっ、《火俱夜》!」


 二つの扇をピタリと合わせると、巨大な一つの鉄扇へと姿を変え、折り畳んだ扇を振り被る。


「ま、待って……お願……っ」


 すでにボロボロのリリーが懇願するが――。


「――フィニッシュッ!」


 問答無用の一撃をソラネの指示で《火俱夜》が放ち、リリーはそのまま地上へと落下した。

 そして俺のしっぺとは違い、今度は地上にぐったりと倒れたままリリーは動かなくなったのである。


 うん、見事だ、ソラネ。


「っ…………よしっ!」


 ソラネもまた、相手を倒せたことにガッツポーズを見せた。

 俺はしおんとともに喜び合う二人を残し、一人でリリーのもとへと向かう。


 意識を失い倒れているリリーの翼に刺さっているものを目視すると、それを右手で取る。


「……針?」


 だがその針は、普通のものではなく、俺が手に取ったあと光の粒子となって消えた。


「どうかしたの、ヒロ!」

「ろっくん、その人、近づいても大丈夫?」


 二人が背後から駆け寄ってきた。


「何でもねえよ。それにしおん、気絶してるから大丈夫だ。何か拘束でもしといた方が良いんじゃねえの?」



 ――――――それには及びません。



 直後、三人の背後から声が聞こえた。

 しおんとソラネは驚いて振り返っているが、俺は最初から気づいていたので驚きはない。


 そこに立っていたのは黒スーツで身を固めた三人の人物だった。

 こんな夜なのにサングラスまでして、まるでSPのような風貌である。


「あ、そのバッジは……!? じゃあこの人たち……!」


 ソラネはコイツらが何者なのか気づいたようだ。どうやらコイツらの服につけられた巴紋を象ったバッジを見て判断したみたいだが、俺にはサッパリである。


 するとその真ん中に立っていたポニーテールの女性が、懐から警察手帳のようなものを取り出して、俺たちに見せつけてきた。


「私たちは『異種事案対策理事会』の者です」

「ああ、やっぱり」


 ソラネが納得気に頷いたということは、あのバッジが『理事会』を示すものだったのだろう。

 手帳には、『異種事案対策理事会・執行部 暮内燈子』と書かれていた。


「ど、どうして『理事会』の人たちが?」


 そうソラネが尋ねると、暮内さんが無表情のまま答える。


「対象――純血種サキュバスを引き取りに来ました」

「引き取り……に?」

「はい。元々そちらの対象の処置を依頼したのは我々ですので。ご安心ください。此度の件については、然るべき対応をさせて頂きますので」


 サッと暮内さんが手を上げると、残りの二人が速やかに動いてリリーを回収すると、近くに停車していた車へと運んでいく。


「あ、あの、リリーさんはどうなるんですか?」


 不安そうにしおんが尋ねると、暮内さんは淡々と気になることを口にする。


「それは知る必要のないことです」

「!? ちょ、ちょっと何よその言い方は!? アタシたちがアイツを捕まえたってのに!」


 まあソラネの立場としては、おいそれと納得できないだろう。

 『妖祓い』にとって、妖との和解だって仕事のうちなのだ。何も知らされないのは、さすがに理不尽だと考えても仕方ない。


「……秋津ソラネ、Dランクの『妖祓い』」

「!?」

「本来、このAランクの仕事に従事することはできないはずです。監督役のあなたの母親もまた許可を出していない。これは明らかな違反行為。通常なら処罰ものです」

「っ…………」

「しかしAランク対象を見事に捕縛したのもまた事実。故にこちらからこれ以上咎めるのは止めておきます」

「……だから余計なことに口を出すなってわけ?」


 暮内さんは何も言わず、ソラネはただただ悔しそうに睨みつけている。

 俺はそんなソラネの肩にポンと手を置いて、


「ま、これで任務は終わったんだから良しとしようぜ」


 と言うと、ソラネもまた「そうね」と言って怒りを鎮めてくれた。

 暮内さんは「では」と短く会釈してからその場を去って行った。






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