第37話 圧倒的な力

 ! ……コイツはマズイっぽいな。


 俺も霊力を強さを感じ取れるようになったが、ソラネと比べても圧倒的なまでの力強さを感じる。

 単純計算でいえば、ソラネの十倍以上もの強さ。


 これが恐らくは純血種の力なのだろう。

 一応妖怪というカテゴリーでもあるので、昔は霊気を妖気、霊力を妖力といっていたそうだが、『異種』という括りになってからは、同じように霊気・霊力と呼ぶようになったらしい。


 しかし今でも妖力などと呼ぶ『妖祓い』もいるとのこと。


「この小娘どもがぁっ! 調子に乗ってんじゃねえぞぉっ!」


 口調も形相も変わり、ソラネとしおんの表情も強張る。


「――《火俱夜》!」


 今のうちに無力化しようということなのか、ソラネが《火俱夜》を操作して畳みかけようとする――が、


「鬱陶しいんだよクソがぁぁぁっ!」


 両手の爪を、目にも止まらない速度で伸ばして、回避することもできずに《火俱夜》はその身体を貫かれてしまう。


「ヒャハハハハハ! くっしざしぃぃ~! これで終わりじゃないぞ!」


 直後、《火俱夜》の身体から爪を伝って霊気がリリーへと流れていく。

 どうやら《火俱夜》を通して、ソラネの霊気を吸収しているようだ。


「――《アブソプション》!」


 恐らくが、この技が虎さんから生気を奪ったのだろう。

 その証拠に、ソラネの霊気がどんどん減っていき、彼女が疲弊していく様子が窺える。


「ソラちゃん! しっかりして!」

「くっ……ち、地上に降りて……しおん」

「う、うん、分かった!」


 ソラネの指示を受け、ゆっくりとソラネを地上へと下ろすしおん。

 しかしそのままソラネは片膝をついてしまう。


「アイツ……《火俱夜》を通してアタシの生気を……!」


 ソラネも気づいたのか、歯を食いしばりながらも立ち上がろうとするが、吸収する速度が速く、しおんの支えでしか立っていられないようだ。


「しょ、しょうがない……わね」


 ボボンッと、《火俱夜》がその場から煙のようになって消失する。

 リリーの爪に刺さっていた《霊符》を、リリーは爪を短くさせてその手に取った。


「ンフフ……格の違いを理解できたかしらぁ?」


 空から愉悦を含ませた表情で、ソラネたちを見下ろすリリー。

 ソラネも悔しそうだが、さすがにAランクの仕事だと痛感しているみたいだ。


「そっちの吸血鬼、確かに純血種だけどぉ、まだまだヒヨッコ。多分戦闘経験なんてないでしょう? それじゃあ純血種の力なんてま~ったく発揮できないわよぉ」


 真鈴さんから聞いたことがある。

 純血種だからといって、すべてが強靭な強さを持っているわけではない。


 あくまでも潜在的な能力が高いというだけだ。つまりどんな能力を秘めていても、それを使いこなせなければ宝の持ち腐れなのである。


 本来ならしおんには、リリーにすら勝てる潜在能力があるのだ。しかし普段から力を封印し、鍛えることもしてこなかったしおんが、純血種としての力を常に解放し続けてきたリリーに勝てる道理はないのである。


「さあ、もう終わりにしましょうかぁ! 私の大事な時間を奪った報い、その身で受けるといいわぁ!」


 リリーが、ソラネに向かって再度爪を伸ばしてきた。

 しおんが庇おうと前に出るが、このままだと二人とも串刺しだ。

 そうなることを予見してか、愉快気にリリーは笑みを浮かべるが……。


 ――――――バキィィンッ!


 爪がしおんに届く前に、乾いた音を立てて砕け散った。


「んなっ!?」


 当然リリーは驚くだろう。


 何せ――。


「悪いな。こっからは選手交代だ」


 今まで大人しくしていた俺が、彼女の爪を呆気なく砕いたのだから。


「っ……ヒロ」

「ソラネ、お前は《火俱夜》を出せるように、少しでも回復しとけ。その間、俺はちょっと遊んどくからよ」

「……大丈夫……なの?」

「はは、誰に言ってんだ? しおん、ソラネの護衛よろしくな」

「うん! 気をつけてね、ろっくん!」


 しおんは俺の強さを直に見ているから信頼してくれている。彼女はソラネを連れてその場を離れていく。


「さて、俺の相手をしてくれよ、リリーさんや」

「……いいわよぉ、元々私は坊やを狙っていたものぉ。その有り余るほどの精気! この私が頂くわぁ!」


 疾風のような動きで、一瞬にして俺の背後を取るリリー。そして口を大きく開けて、俺の首へと噛みつこうとする。

 しかし触れる寸前で、その場から消えた俺にリリーは困惑した。


「――こっちこっち」

「!? ……なかなか素早いのねぇ、坊や」

「まあ、アンタよりかは、な」

「へぇ……益々いいわねぇ。あなたほどの器を持つ精気を頂けば、もしかしたら私は〝至れる〟かもしれないわぁ」

「よく分かんねえけど、さっさと来いよ。退屈だぜ?」

「! 言うわねぇ、後悔させてあげるわぁ!」


 するとリリーの霊気が物質化し、コウモリのような形へと無数に変化した。

 そしてそのコウモリたちを、俺に向けて放ってくる。


「我が眷属にすべてを吸い尽くされなさい!」


 その言葉を受け、どうやらこのコウモリたちに噛まれると、リリーと同じように生気を吸われるらしい。

 四方八方から襲い掛かってくるコウモリ。


 俺はそれらを――。


「ほっ、そっ、やっ、はっ、しっ!」


 回避を交えながら、両手を素早く動かして叩き落していく。


「何ですってっ!?」


 背後からやってくるコウモリにも適応し、見事にかわしながらカウンターで仕留めていく。


「す、凄い……!」

「うん。ろっくん……まるで踊ってるみたいだね」


 ソラネとしおんも、俺の姿に呆気に取られているようだ。

 しかし当然一番愕然とした表情を浮かべているのはリリーである。


「な、何よそれぇっ! 一体あなた何者なのよぉ!」

「おぉらぁぁぁぁっ!」


 そこそこ力の入れた回転回し蹴りを放つと、その威力により生まれた竜巻が、コウモリどもを弾き飛ばしてしまった。

 無数にいたはずのコウモリたちが、今じゃ俺の周りに積み重なって倒れている。


「「「…………」」」


 三人が三人とも、まるで珍獣でも見つけたかのような顔で固まっている。


「おーい、もう終わりかぁ、リリー?」

「……!? あ、あなた一体……!」

「終わりなら今度は俺から行くぞ」

「へ……!?」


 一瞬にして、空中にいたリリーの背後をついた俺。

 俺はしっぺをする要領で、二本指を作り彼女の背中を叩きつけた。


「し~っぺ!」

「あきゃっ!?」


 まともに俺のしっぺをくらったリリーは、隕石のように地上へと落下していった。

 地面に突き刺さると、そこには小さなクレーターが生まれ、粉塵が巻き上がる。


 並みの奴なら、今のでも十分致命傷だが、たださすがは純血種といったところか。


「いったぁぁぁぁい!」


 ダメージにはなったが、戦闘不能まではまだ遠いようだ。


「はは、ずいぶんタフだなぁ」

「くっ、ちょっと坊や! いい加減にしないといくら極上の獲物でも殺しちゃうわよぉ!」

「やれるもんならやってみな。お次は――」


 またもリリーには反応できない速度で動き、彼女の目前へと立つ。


 そして今度は――。


「デ~コピン!」

「あがっ!?」


 またも無防備に俺のデコピンを額に受け、ピンボールのように弾き跳んでいく。

 その先にあった土嚢の壁に突っ込み、倒れてきた土嚢に埋もれてしまうリリー。




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