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ちびまるフォイ

▼ここからキレます▼

お寿司を買ったら、パックの中に小さな袋が入っていた。

醤油かと思い小皿を用意して封を切ろうとする。


『▼どこからでもキレます▼』


誤字だろうか。

気にせず手で封を切ってから小皿に傾ける。

中身はなにも出なかった。


「あれ? なんだ醤油じゃねぇじゃん!

 ふざけんなくそ!! メーカーに訴えてやる!!

 俺を騙した製造元の社員みんな許せねぇ!!!!」


徐々に後半につれ自分でも制御できないほどヒートアップ。


醤油だと思ったけど、何も入っていなかった。

それだけなのに自分の中の怒りが抑えられない。


「どうなってる!! なんでこんなことになってんだちくしょう!!!」


ひとしきり叫んだあと、実家にいる子犬の動画を見て心をなんとか落ち着けた。

冷静な頭で考え直すと原因は間違いなくあのマジックカットだった。


「まさかこれのせいか……?」


封を切られた袋を見つめているだけでだんだんイライラしてくる。

まるでキレるタイミングを探しているみたいに。


「こんな調子じゃ生活に支障出まくりだ。

 医者から怒らない薬かなにかもらっておかないと!」


自然に貯まる怒りのボルテージに危機感を覚え、病院へ行くことに。

出かけようと靴を履くタイミングで靴の紐がほどけてしまう。


待ってましたとばかりに、怒りの火山が吹き上がる。


「ふざけんな! 今出かけるってタイミングで!!

 このクソ靴が!!! 死ね!!」


たかだか靴の紐がほどけただけで、怒りに任せ靴を踏みつけてしまう。

冷静になったころには靴はもうボロボロ。

怒りにまかせて行動してしまった自分を反省してしまう。


「な、なにやってんだ俺は……」


病院に到着すると、そこはすでに暴徒の集会場だった。

静かで生活なイメージとは程遠く、カウンターを乗り越えて患者が受付の胸ぐらを掴んでいる。


「もうここで5分待ってるんだぞ!!! いつまで待たせるんだ!!」

「なんでこのスリッパしかないのよ!!! ふざけないで!!」

「薬がこんなに高いなんてぼったくりだ!! このヤブ病院めっ!!!」


「うそだろ……」


もはやキレる理由はなんでもいい。

さまざまな角度で難癖つけてキレている。


「だから!!! 患者はおとなしくしてくださいこの野郎!!」


「この野郎とはなんだバカ野郎!! 患者はお客様で神様だろう!!!」


「その神様を治療するからこっちは超神様になるんだよこのバカが!!!」


「なんだとこの野郎!」

「やんのかこらぁ!!!」


キレるのは医者も例外ではなかった。

どこからでもキレる。あらゆる理由をつけてキレている。


「みなさん、落ち着いてください! ここは病院ですよ!」


「それがどうしたってんだ!!」

「余計な口はさみやがってこのクソガキが!!!」


止めに入るんじゃなかった。

共通の敵を見つけたとばかりに目をギラつかせた患者と医者にボコられた。

怒りを鎮めるために病院へ来たのに怪我を治す羽目になった。


病院を出たが、外はもっと地獄絵図だった。


交差点では変わらない信号にブチ切れる。

前の車が遅いと運転手がクラクションを鳴らしてブチ切れる。

赤ちゃんの泣き声がうるさいとブチ切れる。

今どきの若者は…と過去話で勝手にブチ切れる。

肩がぶつかったとかでブチ切れる。

仕事がうまくいかないとブチ切れる。

なかなか既読がつかないとブチ切れる。


ブチ切れて、ブチ切れて、ブチ切れまくっている。


「お……俺のせいか!? 俺のせいなのか……!?」


殴り合いの喧嘩をはじめ、物を破壊し、自分をも傷つける。


実家の犬がボール遊びする癒やし動画を見てなければ、

俺も怒りの波に流されて取り込まれてしまうところだった。


「なんとかしなくちゃ……このままじゃ終わりだ!」


怒りで怒りが引き寄せられている。

解決手段はあのマジックカットだった。


製造元の住所を割り出して向かった。


「ここが怒りマジックカットの製造元か!?」


全自動AI管理で人間のいない工場だった。

今こうしている間にもロボットはせっせと「キレる」袋を量産している。


「やめろ! こんなものを作るんじゃない!!」


「ニンゲンストレス、ニンゲンストレス」


人間の力では機械のラインを止めることはできない。

ならばと、管理室をこじ開けて管制コンピュータにアクセスする。


「ラインを止めることができないんだったら、せめて無害なものにしてやる!!」


管制コンピュータでは袋に印字する文字を登録していた。

『どこからでもキレます』という文字。


「こんな文字で作るからダメなんだ!」


俺は文字の一部を書き換えた。


『どんなことにもキレません』


製造ロボットたちは文字が変更されたことの意味もわからない。

ラインは止まらずに新しい文字のマジックカットを量産した。


「これでもう大丈夫だ」


俺は製造ラインにできたひとつを手に取り、封を切った。

自分の中にあった「怒ろうとする気持ち」が静まったのを感じた。


街に戻ると、前までの大騒ぎが嘘のように静まっていた。


交差点で肩がぶつかった二人はにこやかに謝っている。


「あ、すみません」

「いえいえ、こちらこそ」


前までだったら殴り合いのケンカになるところだった。

世界から怒りが失われて平和が取り戻された。


もうこれで怒りに任せて物を壊すこともない。

不必要な八つ当たりで人間関係が壊れることもない。


笑顔に満ちた素敵な世界になることだろう。


安心すると電話がかかってきた。


「もしもし?」


『大変だ! お前の実家の犬が……』


生まれたてだった実家の犬は泣き声がうるさいと、

近所の人から石を何度も投げられ、死んでしまったという。


それを聞いた俺は笑って答えた。



「怒ることじゃないよ」

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