第7話「邪魔者」

 休日に起こった出来事を楽しそうに話すクラスメイトたち。

 あのドラマが面白かったとか、どこかへ旅行に行っただとか。そんなたわいもない話だ。

 凛太朗が教室に入ると一気に静まり返る。

 たまたま事件があった昨日、河川敷グランドの近くを通りかかった噂好きの生徒がいたらしく、またたくまに学校中に広まってしまったのだ。


「綾瀬君って、クラブチームの先輩ボコボコにしたらしいよ」


 静寂の中、ヒソヒソとクラスの女子が話す声が聞こえてくる。


「えー。それやばくない? すごく大人しそうなのに。 あ、でも目つきは怖いかも」


「お兄さんは、すっごくかっこよくて優秀なのにね」


 睨むと、女子生徒もそれに気づいたのか大人しくなる。

 授業中もどこか上の空で頬杖をつき、ひたすら窓の外を眺めていた。グラウンドでは二年生が体育をしている。

 そこにはギプスを巻いた圭太が見学をしていた。

 あんな弱々しい姿の圭太を、見るのは初めてだ。

 机に顔を伏せて、目を閉じる。


「ーーせ。綾瀬!」


「いてっ」


 先生は教材の角で、凛太朗の頭を軽く叩く。


「さっきから呼んでいるんだぞ! はやくあの黒板にある数式を答えろ!」


 黒板にあるチョークを持つが、さっぱり分からず手が止まる。


「⋯⋯すみません。わかりません」


 クラス中の視線を一気に浴びる。凛太朗は耐えられず、すぐさま席へと戻る。

 それからは何をしたかなんて覚えていない。

 クラスメイトは部活があるため、終礼が終わるや否や教室を飛び出す。凛太朗は一人教室に取り残される。

 友達と呼べる人間がいない凛太朗にとって、誰もいなくなる教室は楽園みたいなものだ。



「ふぅ」


 息苦しさから解放され、一息つく。

 一度目を閉じ、兄ではなく自分について考えてみる。

 きっともうあのチームで野球をする事はできないだろう。しかし、今ここで野球を辞めれば兄と勝負することも、約束を守ることもできない。


「ーー別のチームか」


 答えは簡単だった。同じチームに拘る必要なんてないのだ。

 そう思うと無性に壁当てがしたくなる。すぐさま下駄箱に向かう。靴を雑に履いて、校門を飛び出す。

 学校から歩いて十五分くらいで家に着く。その途中に小さな公園があるのだが、特に遊具もないからか、あまり人がいるのを見たことがない。

 そんな公園に同じ制服を着た男子生徒四人がたむろしていた。


「おい! 綾瀬ー!」


 頭を金に染めている生徒の一人が凛太朗を呼ぶ。

 よく見ると片手にはタバコのような物を持っている。

 たしか名前はーー。クラスメイトなのはわかるが名前がイマイチ出てこない。

 当然のように凛太朗は無視をする。


「なんだよー。無視すんなよー。ノリ悪りぃじゃん?」


 男は馴れ馴れしく肩を組んでくる。


「⋯⋯」


「もしかして、俺の名前知らないとか? 仙石だよ。 仙谷純平せんごくじゅんぺい! 同じクラスなんだから、名前くらい覚えといてよー」


 思い出した。この派手な髪色と名前。こいつは学年一の不良、仙石ではないか。

 めんどくさい奴に絡まれてしまったと、顔をしかめる。


「仙石が俺になんか用でもあんの?」


「用とかないけどさ、聞いたぜ。他校の先輩ボコボコにしたらしいじゃん? ちょー痺れたぜ。それで綾瀬も俺達と一緒につるんだらおもしれんじゃねぇかって、みんなで話し合ってたとこなんだよ」


「いや、俺は別にそうゆうのは⋯⋯」


 仙石の腕を払い、距離をとる。


「綾瀬も俺達と同類かと思ったのによー」


 仙石はタバコをふかす。


「中学生のお前達が、こんなとこで吸ってっと通報されんぞ」


「そんなの気にしねぇよ。吸いてぇ時に吸うんだよ。綾瀬も一本いるか?」


 仙石はタバコを渡そうとするが、丁寧に断る。


「一本じゃケチ臭かったか。それじゃ一箱やるよ。ほら」


「まじいらないから。ほんとに」


「いーから、いーから! 別に持っとくだけでもいいからさ? ほらほら」


 仙石はタバコ一箱をバッグに無理やり押し込む。

 家に帰ったらちゃんと捨てよう。と思いここは大人しく引き下がる。


「悪いな寄り道させちまって」


 片目を閉じて軽く頭を下げる。普通にしていれば、まあまあカッコイイ顔立ちなのだから勿体ない。


「いや、いいよ。じゃ帰るから」


 ぶっきらぼうにあいつさつをして公園を後にする。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「えー。昨日近所の方からうちの学校の生徒が、タバコを吸っているという連絡がありました。とういうことで、今日は持ち物検査をしようと思います」


「えー」とクラスメイト達は嘆く。

 昨日の仙石達の光景が思い浮かぶ。しかし教室に仙石の姿はない。

 次々と持ち物検査が終わっていく。どうやらバッグ、ポケット隅々まで探られるらしい。


「ーーーーっ!」


 凛太朗は青ざめる。

 昨日捨てるはずだったタバコが、バッグの中にあるではないか。今から隠そうにも、もう間に合わない。


「綾瀬、お前の番だ。バッグの中見させてもらうぞ」


 担任はゆっくりとバッグの中に手を入れる。


「お前バッグの中、一つも教科書入ってないじゃないか」


 そして担任はある物を見つけ目を見開く。


「⋯⋯綾瀬。ちょっと来なさい」


 担任は腕を荒々しく掴み、廊下へと連れだす。


「みんなは先生が戻るまで、静かに待っててくれ」


 教室中がざわつきだす。廊下にいても話し声が聞こえてくる。


「これはどういうことだ? まさかお前が吸ってたんじゃないだろうな」


「⋯⋯違います。これは俺のじゃなーー」



 担任は言葉を遮り、再び腕を掴み引っ張る。



「こい!」


 担任に引っ張られ、行き着いた先は生徒指導室だった。生徒指導室は机しかなく、ひどく閑散とした場所だった。


「綾瀬、俺は残念だ。まさかお前が持っているなんて思わなかったよ」


 担任は苦虫を噛み潰したような表情をする。


「違う!これは仙石が⋯⋯」


「仙石? お前はあんな不良とつるんでいるのか」


「⋯⋯」


 だめだこいつには話が通じない。癖毛頭を掻き毟り、説明するのを諦める。


「お前のお兄ちゃんは、とても優秀なのにどうしたものか。学業もスポーツもどれも素晴らしい。これからどんどん推薦の話も増えて、大事な時期になってくるだろうな。なのに綾瀬圭太の弟が問題児だということが、変に世間に伝わったらどうする?  お前はお兄ちゃんの邪魔をすることになるんだぞ。もう少し、考えて行動しなさい」


 こいつはなにもわかってない。どんな思いで兄と接してきたか。

 拳を強く握る。まだ右手の拳には痛みが残る。


「とにかくこの事は学校にも、親御さんにも報告するからな」


 返事をせず、軽く頷く。


「もう今日は帰れ。今日はこのまま学校にいても居づらいだけだろうからな」


 お前があんな風に教室から連れ出すからじゃないか。お前が俺の言うことをちゃんと聞いてくれたら。全部お前のせいだ。

 担任への、どこにもぶつけようのない怒りが込み上げてくる。

 荷物をまとめ、学校を後にすると、校舎の窓からは噂好きなクラスメイトが、凛太朗の帰る姿を覗き込んでいる。

 兄にだけは本当のことをわかってほしい。兄なら、圭太ならわかってくれるに違いない。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 学校から帰宅し、部屋で独り兄が帰ってくるのを待っていた。

 日が落ちだし、外も少しばかり涼しくなってくる。すると玄関から物音がする。

 ーー圭太だ。凛太朗は急いで階段を下りる。

 相変わらず、圭太の姿は痛々しげだ。その姿を見るたびに心が痛む。

 玄関で圭太と向かい合う。

 少し戸惑って、急に何を話していいかわからなくなる。


「あ、あのさ。俺今のチームは辞めてさ、他のチームで野球しようと思うだ。そしたらさ、また兄貴と勝負でーー」


 タバコの件とは関係のないことを話してしまう。


「ーーしないでくれ」


「⋯⋯え?」


「これ以上、俺の邪魔をしないでくれ」


 圭太は珍しく語勢を強める。


「俺はそ、そんなつもりじゃ⋯⋯」


 圭太は凛太朗を素通りし、リビングへと向かう。

 いつから兄の邪魔をしていたのだろうか。兄には理解して欲しかった。そして、また兄といつかのように、笑い合いたかっただけなのに。

 もう、やめよう。

 兄の邪魔をするのだけはーー。

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