第5話「交わした約束」
圭太の父親、
甲子園に出場し、プロ野球選手になるのが史郎の幼い頃からの夢だった。しかし、一度も甲子園の舞台に立つことはなくプロの道を諦めたのだった。高校を卒業してすぐに下町の工場に勤め、数年後に妻の
それが
物心ついた時には、既にボールとバットを抱えていた。決して裕福な家庭ではないのにもかかわらず、史郎は野球に必要な物ならなんでも買い与えてくれた。
そんな優しい父親が好きだった。それを文句一つ言わずに、笑って見届けてくれる母親も大好きだった。
圭太の才能は周りと比べて群を抜いていた。
父親である史郎の口癖は「圭太なら絶対甲子園で優勝して、プロ野球になれる」だった。
いつしかそれは自分の夢になっていた。
しかし、このままでは才能を持て余すことになると危惧した史郎は、近所の少年野球チームに入団させた。今まで以上に野球にかける費用がかかるため、史郎は休むことなく働き、母は夜遅くまでパートの仕事をし始めた。
自分の為にここまでしてくれる両親の為にも、必ずプロ野球選手にならなくてはならない。
初めて買ってくれたグローブを抱き寄せる。
ある日のよく晴れた朝、鈴木夫妻は圭太を練習場まで送った帰り道で事故に遭ってしまう。歩道からいきなり飛び出てきた子供を避けての事故だった。奇しくも自分と同い年だったらしい。
いつも与えられてばかりだった圭太は、もう二度と自分の活躍している姿を見せることができない。
だが必ず野球をしていれば、父や母はどこかで見ていて笑ってくれているに違いない。だからバットを振り続けるしかないのだ。
だから、どんな状況でも野球を辞めるわけにはいかない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「というわけだ。まあ、どこにでもある話だ。ーーってなんでお前が泣いてんだよ」
目からは涙がこぼれ落ちていた。
「あれ? なんでだろう。自然とでちゃうや」
綺麗な雫は月に照らされ輝いて見えた。
「お前は、ほんと変なやつだな」
圭太は凛太朗の髪をくしゃくしゃに撫でる。
「凛太朗。俺は父さんに頼んでこの町の少年野球チームに入る。お前も入れ。そしたらお前はまだまだ投げれるようになる」
「⋯⋯うん。俺、絶対兄ちゃんに追いつくから。だからもう独りじゃないから」
「⋯⋯なあ凛太朗約束をしよう。俺は必ず甲子園に出て優勝する、そしてプロ野球選手になる。お前の誇れる兄になる」
「お、俺も約束する!俺も兄ちゃんと甲子園でて優勝する!プロにだってなる!」
涙の溜まった目を擦る。
「約束だな」
「約束!」
か細いで指切りをする。その日の月はとても綺麗だった。
圭太は兄として。凛太朗は弟として。初めて兄弟として交わした約束となった。
その後心配して探し回った父親に、二人とも抱き抱えられ家へと帰宅したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「いったい、いつのこと思い出してんだよ」
紅白戦が終わった後、誰もいない河川敷グランドに独り佇んでいた。
「⋯⋯帰るか」
凛太朗は重い腰を上げて、自転車に跨り家へと向かった。
家までこれほどまで遠く感じたことはなかった。全ての景色が同じに見える。
家へ帰ると料理の得意な母親が作った夕飯が、テーブル一杯に並べてあった。
母親に「おかえりと」声をかけられるがそっけなく返事をする。
夕飯を黙々と食べる圭太の姿があった。すぐさま異変に気付く。「あっ」と力のない声が漏れた。
肩にかけていたバッグが崩れ落ちる。
しばらくその場から動けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます