第5話「交わした約束」

圭太の父親、鈴木史郎すずきしろうは元高校球児だった。

 甲子園に出場し、プロ野球選手になるのが史郎の幼い頃からの夢だった。しかし、一度も甲子園の舞台に立つことはなくプロの道を諦めたのだった。高校を卒業してすぐに下町の工場に勤め、数年後に妻の美希子みきこと結ばれる。後に夫婦念願の男の子が産まれた。

 それが圭太けいただった。


 物心ついた時には、既にボールとバットを抱えていた。決して裕福な家庭ではないのにもかかわらず、史郎は野球に必要な物ならなんでも買い与えてくれた。

 そんな優しい父親が好きだった。それを文句一つ言わずに、笑って見届けてくれる母親も大好きだった。

 圭太の才能は周りと比べて群を抜いていた。

 父親である史郎の口癖は「圭太なら絶対甲子園で優勝して、プロ野球になれる」だった。

 いつしかそれは自分の夢になっていた。

 しかし、このままでは才能を持て余すことになると危惧した史郎は、近所の少年野球チームに入団させた。今まで以上に野球にかける費用がかかるため、史郎は休むことなく働き、母は夜遅くまでパートの仕事をし始めた。

 自分の為にここまでしてくれる両親の為にも、必ずプロ野球選手にならなくてはならない。

 初めて買ってくれたグローブを抱き寄せる。


 ある日のよく晴れた朝、鈴木夫妻は圭太を練習場まで送った帰り道で事故に遭ってしまう。歩道からいきなり飛び出てきた子供を避けての事故だった。奇しくも自分と同い年だったらしい。


 いつも与えられてばかりだった圭太は、もう二度と自分の活躍している姿を見せることができない。

 だが必ず野球をしていれば、父や母はどこかで見ていて笑ってくれているに違いない。だからバットを振り続けるしかないのだ。

 だから、どんな状況でも野球を辞めるわけにはいかない。


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「というわけだ。まあ、どこにでもある話だ。ーーってなんでお前が泣いてんだよ」


 目からは涙がこぼれ落ちていた。


「あれ? なんでだろう。自然とでちゃうや」


 綺麗な雫は月に照らされ輝いて見えた。


「お前は、ほんと変なやつだな」


 圭太は凛太朗の髪をくしゃくしゃに撫でる。


「凛太朗。俺は父さんに頼んでこの町の少年野球チームに入る。お前も入れ。そしたらお前はまだまだ投げれるようになる」


「⋯⋯うん。俺、絶対兄ちゃんに追いつくから。だからもう独りじゃないから」


「⋯⋯なあ凛太朗約束をしよう。俺は必ず甲子園に出て優勝する、そしてプロ野球選手になる。お前の誇れる兄になる」


「お、俺も約束する!俺も兄ちゃんと甲子園でて優勝する!プロにだってなる!」


 涙の溜まった目を擦る。


「約束だな」


「約束!」


 か細いで指切りをする。その日の月はとても綺麗だった。

 圭太は兄として。凛太朗は弟として。初めて兄弟として交わした約束となった。

 その後心配して探し回った父親に、二人とも抱き抱えられ家へと帰宅したのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「いったい、いつのこと思い出してんだよ」


 紅白戦が終わった後、誰もいない河川敷グランドに独り佇んでいた。


「⋯⋯帰るか」


 凛太朗は重い腰を上げて、自転車に跨り家へと向かった。

 家までこれほどまで遠く感じたことはなかった。全ての景色が同じに見える。

 家へ帰ると料理の得意な母親が作った夕飯が、テーブル一杯に並べてあった。

 母親に「おかえりと」声をかけられるがそっけなく返事をする。

 夕飯を黙々と食べる圭太の姿があった。すぐさま異変に気付く。「あっ」と力のない声が漏れた。

 肩にかけていたバッグが崩れ落ちる。

 しばらくその場から動けなかった。

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