暴走を止めるために
「おい、じじい! 陽人のステッキが暴走してる……って、お前」
蒼太くんがあたしに気づいて、少し戸惑った表情をうかべる。あたしは、蒼太くんにはっきりと言った。
「広瀬くん、あたし、記憶が戻った。あなたとの思い出も、思い出した」
そう告げると、彼は複雑な顔をした。
「ちなみに陽人くんの告白は、断った。うそついてないか、見てみてよ」
あたしが言うと、しかたなさそうに蒼太くんがあたしを見つめる。彼の表情が少しずつ変化していく。
「……ほんとだ」
「でしょ。なっとくしてくれたんなら、あたしと一緒に、ステッキの暴走止めに行ってくれるよね?」
蒼太くんは少しだけ悩む様子を見せた。しかし、おじいさんが言う。
「お前は勝手に今後一切魔法を使わないからスズを預かれと言った。だが、わしは別にお前が魔法を使うことに対して文句を言うつもりはない」
それを聞いて、蒼太くんは決心したようだった。
「……使って、いいんだな」
「だから、そう言っておるだろうが」
おじいさんが、鼻をならす。蒼太くんはお母さんに向かって言った。
「すみません。娘さんを借りていきます」
「もちろんよ。娘をよろしくね」
お母さんが蒼太くんにウインク。なんだか、結婚の話してるみたい。いやいや、どきどきしてる場合じゃないからっ!
あたしと蒼太くんは店をとび出す。あたしは手に、ステッキ状態のスズさんをにぎりしめてる。
「蒼太くん、陽人くんの居場所の心当たりはあるの?」
いきなり名前で呼ばれて、蒼太くんは一瞬おどろく。でも昔は、蒼太くんって呼んでたし、いいでしょ。どうやら蒼太くんも、気にしないことにしたみたい。
「……たぶん、学校。ここまでくる中で、学校が一番雲が多かった気がする」
「分かった。じゃあ行こう」
あたしたちは学校に向かって走り始めた。
蒼太くんが言った通り、学校は黒い雲でおおわれていた。数歩先が見えないくらい、真っ暗。
「スズさん、なんとかできない?」
『まかせときっ』
スズさんは言って、辺りをてらしてくれる。本当に、真っ暗。まるで夜中の学校に忍び込んだみたい。
「アイツは多分、屋上にいる。誰かの相談ごとを聞くときはいつもそうだったから」
蒼太くんの言葉を聞いて、あたしたちは屋上に向かう。あれ? 屋上ってかぎがかかってなかったっけ?
あたしが思ってることが分かったのか、蒼太くんは走りながら言う。
「陽人は魔法でかぎを開けてたんだよ。それくらい気づけ」
「はいはい、ごめんなさいねー」
悪かったね、察しが悪くて!
でもこうやって蒼太くんと話せることが、うれしい。もうちゃんと話せないかもってさっきは思ってたから。
そうこうしているうちに、屋上に到着した。屋上に見える影は、二つあった。一つは、陽人くん。そしてもう一つは。
「……陽人のステッキだ」
蒼太くんが低い声で言う。そっか、スズさんが人間の姿になれんだから、陽人くんのステッキが人間の姿になれたっておかしくないよね。
二人は、お互いに向かいあってにらみ合っている。
『もう、あなたと一緒にいる気はありません。今のあなたは、魔法の使い方を間違っています』
「間違ってなんかない! 今までちゃんと感謝の証を集めてきただろ!」
陽人くん、まるで別人みたいに怒ってる。蒼太くんは静かに言った。
「……あれが、今の陽人の本性だ。昔は、あんなヤツじゃなかった」
蒼太くんの悲しそうな声。あたしは、蒼太くんを見る。
「……終わらせなきゃな」
『ケンカは終わりや。話は聞く。やから、落ち着くんや』
スズさんがステッキ状態のまま、陽人くんのステッキさんに向かって言う。
『話したってむだです。この人にはもう、あたくしの言葉は届きません』
長い黒髪をしたきれいな人。それが、陽人くんのステッキさんだった。
『だいじょうぶや。ウチの相棒がなんとかするっ』
スズさんは言って、あたしをぐいっと引っ張った。え、え!? このままつっこんだらあたし、陽人くんとげきとつするんですけどーっ!!
あたしは、スズさんに引っ張られるまま、陽人くんにぶつかった。
その時、一つのイメージが見えた。きれいな女の人と、一人の少年。青色のピン止めじゃない。ということは、これは陽人くん?
『陽人、あなただけが頼りなのよ。蒼太は魔法を捨てた。あなたしかいないのよ』
『わかってるよ、母さん。僕が、この家を守る』
別のイメージも浮かんでくる。
『どうして感謝の証がこれだけしか集められないの!? あなたはアタシの息子じゃない! 何かの間違いよっ』
ヒステリックに叫ぶ女の人。それをとめる男の人。そしてそれを悲しそうな目で見るごく最近に見える陽人くん。
ああ、これは陽人くんの記憶なんだ。あたしは、そう察した。陽人くんが必死で感謝の証を集めていたのは。すべては、お母さんを喜ばせるためだったんだ。
「……陽人、オレが悪かった」
蒼太くんが進み出て、陽人くんに言う。
「今さら、何言ってんだよ。お前なんか、家族じゃない」
陽人くんから、きつい言葉がとんできても、蒼太くんは動じない。
「オレが魔法を捨てるなんて言わなかったら。お前がこんなことになることもなかったかもしれない。それは、本当に申し訳ないことをしたと思ってる」
「人は誰でも、誰かに認められたいって思ってると思う」
あたしは、陽人くんに言う。陽人くんはあたしをにらむ。それでもあたしは言葉を続ける。
「陽人くんは、お母さんに認めてほしかったんだよね。一人前の魔法使いだって」
誰かに認めてほしい。それは、ごく自然なこと。自分にだってできることがあるって信じたいし、自分の居場所がほしい。きっと誰でも一度は思うことなんじゃないかな。
「あたしは知ってる。陽人くんが一生けんめい、人を幸せにしようと魔法を使おうとしてたこと」
「やり方は間違ってたけどな」
蒼太くんがつけたす。まったく、一言余計なんだから。
「だから、どうやったら人を幸せにできるか、一緒に考えよ?」
あたしの言葉に、陽人くんも蒼太くんも、陽人くんのステッキもおどろいた顔をする。あたし、そんな変なこと言ったつもりないんだけどな。
あれ、なんか、黒い雲が消えていくような……。あたしが思っていると、陽人くんのステッキさんが笑い出した。
『陽人、いい友達を持ちましたわね』
「友達じゃない」
陽人くんがきっぱりと言う。がーん。
『それなら、これから友達になればいい話ですわ』
そう言ってから、陽人くんのステッキはあたしのところに歩いてくる。そして、片手を差し出した。
『ありがとう。どうやら、あなたのおかげで暴走が止まったみたいですわ。あなたを信じてみたくなりました。あの子、根は悪い子じゃないの。どうか、仲良くしてやってくださいな』
そう言うと、陽人くんのステッキはいつもの杖の姿に戻って、陽人くんの制服ポケットの中に消える。そのとき見た杖は、ぼろぼろなんかじゃなくて、ぴかぴかになっていた。
『お、おおーっ!?』
手の中から声が聞こえてあたしはあわてて手の中を見る。蒼太くんもそして、陽人くんも少しだけ、あたしの手の中をのぞきこむ。
あたしたちは目を丸くした。ステッキのスズさんが、きれいになっていく。さびていたところがなくなって、真ん中のハートのかざりは、前よりもっとかがやいてる。
『足りない部品って、これのことやったんかー!』
スズさんが人間の姿になって、あたしたちの周りを元気に走り回る。
「どういうこと?」
『部品が足りてなかったわけちゃうかったんや。ウチの持ち主であるアンタや蒼太の成長がカギやったんや!」
「……ああ、そういうこと」
蒼太くんがうなずく。え、どういうこと?
『察しの悪いゆかりに、美人のウチが教えたる。アンタらが人間的に成長することで、持ち物のウチも成長する。つまりは、ウチは成長途中やったってわけやね』
それから、ぴょんぴょんはねる。
『そして、アンタらが成長したことで、ウチもステッキとして進化した。これで魔法が使えるはずや!』
なんか、よく分からないけど、スズさんの願いだった一人前のステッキになるって願いごとはかなったってことだね。よかったよかった。
「……帰るか」
蒼太くんが言った。あたしはうなずいて、蒼太くんと一緒に歩き出す。そして後ろに気まずそうに立っている陽人くんに声をかける。
「陽人くんもほら、帰るよ」
それを聞いて、陽人くん一瞬顔がかがやいた。でもすぐに怒って言う。
「言われなくてもそうするよ」
そしてあたしの隣にならぶ。やった、一件落着だ!
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