失われた記憶

「うちの家も代々、魔法が使える家系だったの。でもだんだん、その力が弱まってきていた。あなたにいたっては、もう魔法は使えなかった」


 え!? うちの家も魔法が使える家だったの!? あたしは言葉が出ない。


「あなたが幼稚園の頃。ここへ引っこしてきたとき、あなたと蒼太くんは、出会ったの」


 ああ、幼稚園の頃は蒼太くんと仲良しだったって、お母さん言ってたもんね。


「蒼太くんも、魔法はあまりうまく使えなかった。でも、人の気持ちを読み取ることに才能があった」


 それを聞いて、なっとくする自分がいた。ねねちゃんの時も、植田くんの時も、蒼太くんは二人の気持ちを教えてくれた。それは、蒼太くんの才能だったんだ。


「蒼太くんが困っている人を見つけて、あなたがその人から事情を聞く。あなたは、魔法はからっきしだったけど、人の心を開く天才だった」


 お母さんは、遠い目をする。おじいさんもうなずく。


「そう。あの時の二人は、本当にいいコンビだった。幼稚園児の君たちが誰かを幸せにするたびに、この二人が大人になったらどうなるだろうと期待がふくらんだものだ」


「でもね、蒼太くんは人の気持ちを読み取りすぎた」


 お母さんが悲しそうに言う。


「彼には読み取りなくても、人の感情が見えてしまうの。だから、誰かを助けるために使った魔法、それを気持ち悪いと思われることもいっぱいあった。人の気持ちが見えるって、いいことだけじゃないのよ」


「蒼太のなやみを、蒼太のステッキであるスズは吸収した。そして……暴走した」


 スズさんが、暴走? あたしは首をかしげる。スズさんははっとした顔になる。


「人のマイナスの感情を吸い込みすぎると、魔法のステッキは暴走してしまうの。そして、最悪の場合。……持ち主は魔法を使えなくなり、ステッキは消滅する」


「それを食い止めてくれたのが、ゆかりちゃん、アンタだったんだ」


 お母さんは、あたしのおでこにちょんとさわる。すると、あたしの中にあるイメージが浮かび上がる。それは、いつか見た夢の前後の話だった。


 あたしには分かった。ああ、あの夢は、スズさんの記憶だったんだって。



 あたりはオレンジ色の光に包まれて、カラスの声が遠ざかっていく。スズさんを見つめる少年……――、幼いころの蒼太くんが悲しそうな顔をしている。


「なんでオレはこうなんだ……」


 その時だった。一人の少女が歩いてきて、二人を見た。それは、幼いころのあたし。その目は、とっても輝いていた。


 あたしは、蒼太くんにかけよると、にっこり笑って言う。


「すてきだね」

「……っ!」


 少年はそれを聞いておどろいた表情を浮かべる。びっくりした。すてきだなんて言ってくれる人がいるなんて。でも、少女がうそを言っているようにも見えない。


 蒼太くんには、人の感情が読みとれる。だから、蒼太くんにはあたしが嘘を言っていないことが分かってた。だから、話をだまって聞いてくれる。


「魔法を使って、人助けをしてるんだね。すてき」


 蒼太くんは、あたしの目をまっすぐに見つめた。あたしもまた、蒼太くんを見つめ返す。蒼太くんは視線を外すと、おずおずとあたしに声をかけた。


「本当に、すてきだと思ってくれるなら……」

「くれるなら……?」


 ここでとぎれたあたしの夢。でも、今度は続きを見ることができた。


「オレと一緒に、人助けをしてほしい」

「うん、いいよ」


 あたしは、にっこり笑って右手をさしだした。これは、あたしが引っこしてきて初めて、蒼太くんのいる幼稚園に行った日だったんだ。


 そして、また別のイメージに切りかわる。ステッキのスズさんが、ボロボロになっていた。……ちょうど、今の陽人くんの杖みたいに。


 その日、蒼太くんは幼稚園でいじめられていた子を助けようとして、魔法を使った。でも、助けてあげた相手に気持ち悪いと思われてしまったんだ。


 幼稚園の周りにたちこめる、黒い雲。その黒い雲が、幼稚園の運動場にまとわりつく。黒い雲が一番こいところ、すべり台の上に、蒼太くんは立っていた。


 何が起こったのか分からず走り回る先生たち。あたしは、先生たちの目を盗んで蒼太くんのところへ走った。


「蒼太くんっ」

「なんで……。なんで、人助けをしても、こわがられるだけなんだ」


 その時見た蒼太くんの顔は、とっても悲しそうで。あたしは思わず叫んだ。


「あたしは蒼太くんのこと、きらいになったりしない!」


 その時思ったんだ。魔法がなかったら。魔法がなかったら、蒼太くんはこんなに苦しい思いをしなくてすむのかもしれないって。


 そう思ったら、無我夢中で叫んでたんだ。


「スズさんは、あたしが引き継ぐ! だから……」


 その時、黒い雲があたしを包んだ。そしてあたしは蒼太くんと親しかった思い出と、魔法のことをすっかり忘れてしまったんだ。


「ゆかりちゃんのおかげで、スズの暴走は止まった。そして、蒼太はゆかりちゃんがスズを引き継げるように、名前を書いた。そして自分が魔法を使わないよう、わしにスズをたくした」


 おじいさんは小さく息づいた。


「あれからずいぶん時間が経った。わしらはゆかりちゃんの記憶が戻らない限りは、スズのことを話さないでおこうと決めていた。しかし」


「陽人くんのステッキの様子がおかしくなってきたの。だから、彼が暴走して求められる人……、あなたと蒼太くんの力が必要だと思ったの」


 お母さんが、おじいさんの言葉を続ける。


「あなたは蒼太くんと仲がよかったこと、魔法が使えたことを忘れてしまってる。だから、まずは蒼太くんに引き合わせることにしたの」


 そこで、あたしはピンときた。


「もしかして、蒼太くんのくつ箱にあたしの手紙を入れたのは……」

「お母さんよ。あなたは、間違えて蒼太くんのくつ箱に手紙を入れたんじゃない。わたしが、入れかえたの」


 な、なんてことを……。でも、あのことがなかったら、あたしが蒼太くんと話すことなんて、なかったと思う。


「じゃ、じゃああの、チョコレートが不自然に浮き上がって、蒼太くんの口に入ったのは」

「あれは、わしのしわざじゃ」


 おじいさんは申し訳なさそうに言う。


「あの時、蒼太に伝えたんだ。陽人の様子がおかしい。二人で協力して、ステッキの暴走を食い止めてほしいとな」


 あたしが蒼太くんにチョコレート食べられてがっかりしてた時に、そんなことが……。え、ちょっと待って。チョコレートがしゃべってたってこと!?


「しかし、まさかここに来て、蒼太と君が仲たがいしてしまうとはな……」


 おじいさんとお母さんはしょんぼりしている。窓の外を見ると、黒い雲がもくもくと立ち上ってきている。これって、さっきのイメージとそっくり。


「どうやら、陽人のステッキが暴走を始めたらしい。さて、どうするか……」


 おじいさんは立ち上がって、あたりを行ったり来たりする。その時だった。店のとびらが乱暴に開けられる音がした。


 あたしたちはとっさに、音のした方を見る。誰が来たのか分かった時、みんな笑顔になった。そこには、急いで走ってきたのが分かる、蒼太くんがいたの。











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