陽人くんからの告白
次の日の朝。あたしがろうかをあるいていると、教室の前がさわがしいのに気づいた。よく見てみると、広瀬くんと高森さんが話をしていた。ピン止めの色は……。青じゃない。ということは、あれは陽人くんだ。
あたしは二人から少しはなれて様子を見る。ろうかとつながる教室の窓から、植田くんが見えた。彼は少しだけ心配そうに二人の様子を見ている。
「それじゃ、恋がしてみたかったんだね。それなら簡単だよ」
陽人くんの手には、やっぱり杖がにぎられていた。でもなんか、前の時より色が黒ずんできてぼろぼろになっているような?
陽人くんはなんでもなさそうに言う。
「好きな人ができたなら簡単だ。その人と君が両思いになる魔法をかけてあげる」
「魔法……?」
高森さんが、少女マンガを腕にかかえなおしながら首をかしげる。周りのざわめきも、いつの間にか消えてる。陽人くん、また魔法で時を止めたんだ。
「そう、魔法。僕、魔法が使えるんだ」
「広瀬くん、魔法が使えるの!? すごいっ」
高森さん、信じるんだ。少女マンガとか、小説を読む人ならそんなにおどろかずに魔法のことを信じてくれるのかもね。
高森さんにほめられて、陽人くんは少し得意そう。
「君の願いも、僕の魔法ならすぐにかなえてあげられるよ」
「ありがとう。気持ちはとってもうれしい。でも……」
高森さんは陽人くんの目をまっすぐ見る。
「魔法で好きになってもらったって、意味がないから。わたしもまだ、植田くんのことよく知らないし」
「魔法で好きになってもらえば、ふられる心配もないんだよ」
「それは、そうだけど」
高森さんは、言い返す。
「でも、両思いになれるかどうかの不安もひっくるめて、好きになるってことなんじゃないかな」
「……」
高森さんに言われて、陽人くんは黙ってしまう。その時、陽人くんはあたしが立っていることに気づいた。
「あ、月島さん」
陽人くんはあたしの方へ歩いてくる。彼が手に持っている杖からぼろぼろと、破片が落ちて行く。あれはいったい……。
「ちょうどよかった。君に伝えたいことがあったんだ」
「あたしに……?」
陽人くんが、あたしに伝えたいこと……?
陽人くんは、あたしに向かってにこっと笑いかける。
「僕、君のことが好きになっちゃったみたい。付き合ってくれないかな」
え、ええー!? 陽人くんがあたしを!?
突然のことで、あたし、頭が回らない。ずっとずっと、言ってほしかった言葉。だけど……。
なんだか、素直によろこべない自分がいた。きっと、バレンタインデーより前にこんなこと言われてたら、もちろんですって即答できたはずなのに。
それに、今これで付き合うことになったら。スズさんにかなえてもらうはずだった願いごと、必要なくなるよね。あたしの願いごとは今まで、時間を巻き戻してバレンタインデーの前の日に戻って、陽人くんのくつ箱に手紙を入れることだったんだから。
それもこれも、あたしが陽人くんのことが好きで、陽人くんと両思いになりたかったからのはず。
スズさんの足りないパーツが見つかってスズさんが魔法を使えるようになったら、この願いごとじゃなくて、別の願いごとをかなえてもらうことができる。そしたら、その願いごとをかなえてもらうことで、あたしはもっと幸せになれるのに。
なのに。なんでだろう、返事をためらってる自分がいる。そう思ったときだった。音がなくなったろうかに、一つの足音がひびいてくる。音のする方をふり返ると、蒼太くんがろうかを歩いてくるところだった。
蒼太くんと目が合う。蒼太くんは、あたしと陽人くんが一緒にいるのを見ると、すっと教室の中へと入っていった。何も言わずに。
蒼太くんと目が合ったときの気まずさ。そして彼の目に少しだけ浮かんだ、あきらめの色。あたしに何も言わずに教室に入っていった蒼太くんの背中。
あたしは、教室の中が見える窓から、蒼太くんの足取りを無意識に追っていた。その時、関西弁がひびく。
『もう、答えは出たやろ?』
それだけで、十分だった。あたしは、陽人くんにきっぱりと言った。
「ごめんなさい。気持ちはうれしいけど、あたしには、別に好きな人がいるんです」
それを聞いて、陽人くんの目が大きく見開かれる。
「バレンタインデーよりも前に告白されてたら。きっとあたし、大喜びでした」
それだけ言うと、あたしは呆気にとられている高森さんに声をかける。
「高森さん、行こう」
「え、あ、うん」
あたしは、高森さんと一緒に教室へ入った。すぐに、学校のさわがしさが戻ってくる。だけど。
だけど、陽人くんはしばらく、そのままろうかで立ち尽くしていた。
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