思い出せないあいまいな記憶
あたしと高森さんはそのまま一緒に学校に登校した。学校に着くと今回も、陽人くんのくつ箱にメモを残す。
『今度は、あたしのクラスの高森さんがなやみごとがあるみたいです 月島』
そういえば、情報を共有するって約束したけど、陽人くんから困っている人を教えてもらったことない気がする。忙しいからかな。
そう思いながらくつ箱のメモをぼーっとながめていたら、後ろから声をかけられる。
「……アイツは、お前に困っている人を教えるつもりなんて、ないぞ」
ふり返らなくても分かる。この声は、蒼太くんだ。ここ数日、彼の声は何度か聞いたから、分かる。あたしはふり返って蒼太くんを見て答える。
「でも、約束したから。困っている情報は、共有するって」
「……感謝の証を横取りされるぞ」
それだけ言うと、蒼太くんはすたすたと教室へと歩いて行ってしまう。それと入れかわりに高森さんが走ってくる。
「おお、氷の王子だ。かっこいいー」
もう高森さんたら。調子がいいんだから。あたしと高森さんも教室に向かおうとした。その時だった。植田くんがくつ箱へやってくるのが見えた。
でも、なんだか様子がおかしい。きょろきょろと地面を見回しながらゆっくりと歩いてくる。背中をまげて、じーっと地面を見て視線を右へ左へとすべらせる。
あたしが、その様子を見ていると植田くんは、あたしの視線に気づいたみたいで顔を上げた。あたしと、植田くんの目が合う。とたんに、植田くんは顔をしかめて、一言。
「なんだよ、なんか文句あんのか、あぁ!?」
「ひいいっ! ごめんなさいぃっ!」
あたしはあわてて教室へと走り出す。高森さんも後ろからついてくる。
「どうしたの、月島さん。なんか植田くん、機嫌悪そうだったけど」
「植田くんが機嫌悪いのは、いつものことだよおっ」
あたし、走りながら言う。でもさっき見た植田くんの様子は、それから教室について授業が始まったあとも、あたしの頭の中に焼きついてはなれなかった。
授業中も気づくと、植田くんの方を見つめてしまう。植田くんは、引き出しの中を探ってみたり、かばんの中を探ってみたりとじっとしていない。どうしたんだろう。
教室移動した先の理科実験室でも、彼はじっとしていなかった。筆箱の中をのぞきこんでみたり。机の下の物入れを確認したり。そして、ため息をつくんだ。
「……おい」
「ひええっ」
急に声をかけられてあたし、飛び上がっちゃった。あぶない、いすから転げ落ちるところだったよ。あたしに声をかけたのは、蒼太くんだった。彼はこの前の時と同じく、あたしの向かい側に当然のように座っている。
「……今度は、何だ」
「え?」
「加藤の次は、植田のことを気にして。次に助けようと思っていた相手は、高森だったんじゃないのか」
「どっ、どうしてそれを」
あたし、びっくりして蒼太くんを見上げる。彼はふんと鼻をならして、そっぽを向きながら言葉だけ投げてくる。
「分かりやすいんだよ、お前は」
「すみませんねぇ、分かりやすくて!」
あたしはついつい、言い返す。でもはっとする。蒼太くんから、声をかけてくれた。チャンス!
「ねぇ、広瀬くん」
「やだね」
「まだ何も言ってないって」
あたしが言うと、蒼太くんはじろっとあたしを見る。
「お前と関わると、ろくなことがない」
「そう言わずに。広瀬くんから話しかけてくれたってことは、あたしのこと、少しは気にしてくれてるってことでしょ。手伝ってくれたっていいじゃん」
「誰がお前のことなんか……」
そう言いながらも、あたしがじーっと見つめていると、あきらめたように一言。
「……オレに分かるのは、植田があせってるってことだけだ」
「あせってる?」
あたしは考える。あせってる? いったい、何にあせってるんだろう?
「あの様子だと、何かを探してるように見える」
「言われてみれば、たしかに」
今日最初に会った時も、地面を気にしながら歩いてたし、今は自分の持ち物や引き出しの中をチェックしてる。それは、何か探し物をしてるってこと?
じゃあいったい、何を探してるんだろう。
「ありがとう、広瀬くん。一歩前進したよ」
「……どうする気だよ」
蒼太くんがぶっきらぼうに聞いてくる。
「放課後、本人に直接聞いてみる」
すると、蒼太くん大きく目を見開いた。そして大きくためいきを一つ。
「……ほんと、バカだな」
「バカでけっこうですー」
そう言い返しながら、あたしは思う。なんか、なつかしい。昔、誰かとこうやって言い争いしてたような……?
あたしが思い出そうと思って目を細めて考えごとをしていると、蒼太くんが一言付け足してきた。
「……考えてもむだなことは、考えるだけむだだぞ」
「考えてもむだなんて、やってみなきゃ分からないじゃない」
あたしが言い返すと、蒼太くんは勝手にしろと言って本を読み始める。あたしはそっと蒼太くんが読んでいる本を盗み見た。そしてびっくりする。
蒼太くんが読んでる本、あたしには読めない文字がびっしり。でもおかしいな、この前蒼太くんが読んでた本がぐうぜん見えたとき。あのときは、普通の日本語の本だったのにな。ま、これについては考えても分からない気がするな。
とにかく、放課後植田くんに話しかけてみよう。あたしはそう決心した。
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