心の成長

リア充ばくはつしろ系女子

 あたしはなぜか、自分が通っていた幼稚園にいた。あたしは中学生じゃなくて、幼稚園の制服を着てる。


 あたしの目の前には、男の子。これは、陽人くんかな、それとも蒼太くん?


 どちらかは分からないけど、近づこうとするあたしに、彼はきつい口調で言う。


「近寄るなよ。オレ、いつまた何をしでかすか……」


 その言葉は悲しさであふれていて。


「大事な人がはなれていくなんて、もう、いやなんだ……」


「だいじょうぶだよ、あたしはそばにいるから」


 あたしはどちらか分からない広瀬くんの肩をぽんぽんとたたく。


 広瀬くんは、あたしをまっすぐ見て、目をそらした。そして泣き笑いのような表情で、あたしに言ったんだ。


「……ほんとお前は、うそ言わないよな……」


 あたしはただ、広瀬くんの肩をたたき続ける。


『そろそろ起きてほしいんやけどな』


 そう突然関西弁が聞こえて、あたしは飛び起きた。目の前には、人間の姿になったスズさんがあたしを見つめてる。なんだ、夢かぁ。でもなんだか、すごくリアルな夢だった。


 外から、鳥の声が聞こえてる。


「スズさん」

『宿題、終わってへんでゆかり。一時間寝るいうてから、もう八時間経ってるで』


 あたしが目覚まし時計を見ると、朝の七時半を回ったところ。う、うそでしょ!? ほんの一時間、寝てから宿題するつもりだったのに! まずい、このままだと宿題終わらないまま、学校に行かなきゃダメになっちゃうよおお。


 ゆっくりふとんから、足だけだす。こうやって少しずつ体をならしていかないと、いきなり全身をふとんから出すと、寒くてまたベッドに逆戻りするから。


『しかし、なんや。一昨日から肌も髪の毛もつやつやや。元々美人やのに、美しさにみがきがかかってしもて、困ってまうな』


 スズさんは、手鏡で自分の顔を見て、にやにやしてる。一生鏡に映った自分を見ておけばいいと思っちゃう。


『あとは、この美ぼうに見合う、すてきな男の子に出会うことができればかんぺきやな』


 まったく、調子のいいことばっかり言って。


『しっかし、人を助けてはいるものの、足りないパーツについての情報は、まったく手に入らんな』


 スズさんは、大きなため息を一つ。スズさん、やっぱり魔法が使えるようになりたいんだね。そんなことより、早く準備しないと遅刻しちゃう!


 あたしの家から学校までは歩いて三十分ほどのきょり。これは、宿題をする時間はなさそう。……終わった。


 三十分後、あたしは宿題には手をつけられずに、家を飛び出した。急いで曲がり角を曲がろうとしたとき、誰かにぶつかりそうになった。


 あわててよけるあたし。相手も、よけた。よけたあとで、お互いに急ブレーキ。よかった、ぶつからなくて。


 相手の顔を見て、あたしはびっくりした。同じクラスの高森さんだ。いつも少女マンガを持ち歩いているの。みんなには、少女マンガオタクって呼ばれてる。高森さんはあたしに気づくと、声をかけてきた。


「おはよう、月島さん」

「おはよう、高森さん。こんなところで、どうしたの」


 あたしが聞くと、高森さんはドヤ顔で言う。


「実はね、そろそろ彼氏がほしいなーって思って。恋愛マンガによくある、曲がり角でげきとつ作戦を試したくなって、ここで人が来るのを待ち伏せしてたの」


 アレでしょ、ちこくちこく言いながら走って、曲がり角で男の子とげきとつするアレ。……でもアレって、そんな簡単に成功するのかな。


「とはいえ、やっぱり難しいな。そもそも男の子とげきとつできる保証はないし。さっきね、おばさんとぶつかりかけた」


 てへへと、高森さん。うん、てへへじゃないね。あぶないね。


「高森さん、好きな人はいないの」

「うん。だから、何かきっかけがあれば誰かといい感じになるかなーと思って」


 好きな人はいないけど、恋はしてみたい。そういうことも、あるんだね。


「だって、あこがれるじゃん、デートとか。いろんな場所に二人で行って、いろんなものを見るんだ。考えるだけで、わくわくするっ」


 高森さん、なんだか楽しそう。


「長井さんは最近、田中くんといい感じだし。この前のバレンタインデーで、あちらこちらでリア充がたんじょうしてるんだよ。ああ、リア充ばくはつしてほしい」


 人の幸せを祝えない人は、幸せになれないよ、高森さん……。


 あたしが苦笑してると、ずいっと高森さんがあたしに顔を近づける。ち、近い。


「月島さんも、最近いい感じよねっ」

「いい感じ……? 誰と……」


 これには、まったく心当たりがない。あたし、今まで男の子から告白されたことも、告白したこともない。この前のバレンタインデーで陽人くんにチョコレートあげられてたら、変わってたかもしれないけど。


「とぼけないでよ、氷の王子とよっ」


 ビシイッと人差し指をあたしにつきつける高森さん。人を指さしちゃだめだよ。というか、えええー!? あたしが、蒼太くんと、いい感じ!? 勘違いもいいとこだよ。あたしは、陽人くんが好きなんだから。同じ顔立ちでも、二人は別人だからね。


 そんなあたしのことはおかまいなしに、高森さんは言った。


「ここで会ったのも何かの縁。月島さん、協力してっ」

「何を?」


 あたしは首をかしげる。すると、高森さんはイライラした口調で言った。


「何って決まってるじゃない。わたしの彼氏候補探しよ」


 え、え、えぇー!? なんで、あたしが高森さんの彼氏候補探しを手伝わなきゃいけないのおおおおっ!?

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