魔法のデメリット

 蒼太くんだった。どうやったのか、いつの間にかステッキ状態のスズさんを手に持っている。


「蒼太」


 陽人くん、すごく怒った顔してる。そんな陽人くんのことは無視して、蒼太くんは静かに言葉をつむいだ。


「……時間は、確かに魔法の力で戻すことができる。でも、それはあくまで時間だけだ。アンタがあの時負った傷は、治らない」


 それを聞いて、ねねちゃんの目が大きく見開かれる。それを聞いて、陽人くんが悪態をつく。蒼太くんはつかつかとこちらに歩み寄ってくると、陽人くんをにらむ。


「……陽人。魔法のデメリットを話さずに魔法を使おうなんて、ルール違反だ」

「はっ。今も昔も魔法をろくに使えない、蒼太に言われたくないな」


 蒼太は、ねねちゃんに語りかける。


「……魔法は、万能薬じゃない。すべてが解決されるわけじゃない」


 そう言いつつも、彼は顔をふせながら続ける。


「……それでも確かに、時間を戻せば少なくとも、また自分の居場所は約束される」

「居場所があることが重要なんだから、その方がいいに決まってる」


 そうだよね、と同意を得るように陽人くんはねねちゃんを見る。


 あたしは、考える。どちらがねねちゃんの本当の幸せにつながるか。でもそれって、他人のあたしたちでは決められないんじゃないかな。


 あたしがそう思っていると、ねねちゃんは不安そうにあたしの方をふりかえって、言う。


「ゆかりちゃんなら、どうする?」


 あたしなら、どうするか。その質問になら、答えられる。もし自分が、今のねねちゃんだったらどうするか。どうしたらいいかって聞かれたら困るけど、あたしだったらどうするかという問いなら答えられる。


「あたしなら」


 あたしの言葉に、ねねちゃんも陽人くんも蒼太くんもあたしを見つめる。あたしの答えが、ねねちゃんの今後の人生を左右するかもしれない。あたしは、しんちょうに、言葉を選びながら話し始める。


「あたしなら、時間は戻さない」


 あたしの言葉に、陽人くんがおどろきで目を見開いた。


「時間を戻したって、傷ついた心が直らないなら、なおさらね。それよりも、今回のことで自分はどう成長できるか考える方が大事だと思う」


 あたしの言葉をねねちゃんと蒼太くんは真剣に聞いている。陽人くんだけは、そんなはずないって顔であたしを見てる。


「きっと今回のことでねねちゃん、いっぱい、なやんだよね。時間を戻したら、そのなやんだ時間も、無駄だったって認めちゃうことになっちゃう。それって、なんかちがうと思う」


 あたしは言いたいことをうまく言葉にできていないような気がして、あせる。ちゃんとねねちゃんに伝わるか不安で、思わずなぜだか蒼太くんを見た。


 いつも冷たくて無表情で、何を考えてるかよく分からない蒼太くん。でも、今はちがった。たぶんあたしが心配になってきたのに気づいてくれた。それであたしを見るとゆっくりうなずいてくれる。


 蒼太くんにうなずいてもらったらあたし、なんだか勇気がわいてきた。だいじょうぶ、きっとねねちゃんはあたしの気持ちを分かってくれる。少し言葉が足りなかったとしても、あたしがねねちゃんを本気で心配してる気持ちは、きっと伝わる。


「今回のことはつらかったと思うけど、このことで絶対、ねねちゃんは人として強くなる。だから、今回のことを忘れないためにも、あたしなら時間を戻さないって自信を持っていえるよ」


 ねねちゃん、あたしのことをしばらく見つめていたけど、ゆっくりうなずいた。


「そうだよね、魔法に頼っちゃいけない。だって魔法は、いつだって自分で起こせるわけじゃない」


 ねねちゃんはそう自分に言い聞かせるように言うと、陽人くんに向き直った。


「広瀬くん、申し出はありがたいけど、やっぱりわたしはそのままでいい。そのままが、いいの」


 それを聞いて陽人くん、顔をしかめた。そして小さな声で言う。


「魔法を使った方が、絶対うまくいくのに。分からない人には、それでいいや」


 それから、陽人くんはねねちゃんに笑いかける。


「分かった。君がそう言うのなら。後悔しないようにね」


 そう陽人くんが言ったとたん、教室にざわめきが戻ってきた。陽人くんが、止めていた時間を動かしたんだ。


 陽人くんは、それを確認するとさっと教室を出て行った。あたしは、そっと蒼太くんを盗み見る。彼は、落ち着いた表情で、でも出て行く陽人くんの背中をにらむように見ていた。


 あたしは、そんな蒼太くんの方に回り込むと、彼を見上げる。


「あの。……なんだかまた、助けてもらったみたいで。……ありがとう」

「……だから助けた覚えはないし、礼を言われる筋合いもない」


 蒼太くんは一言言い放って、さっさと自分の席に戻ってしまった。手に持っていたステッキ状態のスズは、途中で蒼太くんの手をはなれると、あたしのリュックサックに消える。え? え? そんなに普通に宙を飛んでたら、誰かに気づかれないかな。


 あたしはひやひやしたけど、ねねちゃんも他のみんなも気づかなかったみたい。


 それにしても。あたしは席に戻ってまた本を読み始めた蒼太くんをながめる。いつもあんなに冷たい蒼太くんが……。


 蒼太くんが、言った言葉がよみがえる。


『……魔法は、万能薬じゃない』


 この言葉を言った時、感情が見えにくい蒼太くんの本心が見えた気がした。蒼太くんがあんなに冷たくなったのは、もしかして、魔法のせい?


 それに。あたしは、陽人くんの言葉を思い出す。


『今も昔も魔法をろくに使えない、蒼太に言われたくないな』


 蒼太くん、昔から魔法があまり使えなかったの? ああ、わからないことがたくさんで、頭が混乱してきちゃったよー!!


 



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