陽人くんの解決策
次の日。あたしは、そっと蒼太くんの席へ歩み寄った。蒼太くんは、まだあたしが声をかける前からいやそうに少しだけ顔を上げると、冷たく言った。
「……何か用か」
こわい! でも、伝えなきゃ。
「あのね。昨日、ねねちゃん……、加藤さんと話した。広瀬くんが思ってた通り、友達とけんかしたみたい。でも、とりあえず解決した……から」
そういうと、蒼太くんは目を細める。
「それで」
「それで、あの。お礼が言いたくて。……ありがとう」
あたしがお礼を言うと、蒼太くんが少しだけ、びっくりした表情を浮かべた。けれどすぐに、彼は本に視線を戻してしまった。
「……お礼を言われるようなこと、した覚えがない」
「だって、広瀬くんが教えてくれなかったらあたし、うまく加藤さんと話せた自信がない。広瀬くんが誰かとけんかしたんじゃないかって言ってくれたから、きっと困ってるって思えて。それで、話しかける勇気が持てたの」
あたしの言葉に、蒼太くんは本を見てるけど耳はかたむけてくれてる。きっと。
だから、ありがとう。と言おうとして、教室がざわめいていることに気づいた。なんだろう、とあたしが振り返る。蒼太くんもちょっとだけ顔を上げて、あたしと同じ方向を見る。
すると、教室に陽人くんが入ってくるのが見えた。かたわらから、
「……あいつ、なんで」
いつもよりさらに冷たい声が聞こえた。蒼太くん、陽人くんが教室に入ってくるの、いやなんだ。そういえば前に長井さんが、陽人くんは蒼太くんの教室に入ってきたがらないって言ってた気がしたけど。
何か大事な用でもあるのかな。そう思っていたら、陽人くんはまっすぐ、あたしのところへ。え、なんであたしのとこに!?
「月島さん、手紙ありがとう。加藤さんって、どの子かな」
ああ、昨日の手紙を見て、陽人くん気になってきてくれたんだ。あたしは陽人くんにねねちゃんの席を教える。
「でもとりあえずねねちゃん……、加藤さんの問題は、解決したよ」
そう伝えたけど、陽人くんはそんなことおかまいなしに、ねねちゃんのところへ行ってしまった。蒼太くんには、まったく声もかけずに。
「……加藤の、感謝の証をねらってるな」
蒼太くんがぼそっと言った。あたしは、思わず蒼太くんを見る。彼は、本を読みながら、言葉だけはあたしに向けている。
「……お前が彼女に出した解決策と、あいつが彼女に出す解決策はきっと、まったく別のものだ。それを聞いたら少しは、あいつの性格が分かるんじゃないか」
陽人くんの性格? あたしは首をかしげる。すると、まるでそれが見えているかのように蒼太くんは言った。
「……あいつは、お前が思っているような優しい人間じゃ、ない」
その言葉は、とても悲しげに聞こえた。でも魔法が使える陽人くんなら、あたしが出した答えより、もっとねねちゃんが求める解決策に近づいたことを提案できるかもしれない。
そう期待をこめて、あたしは陽人くんとねねちゃんの近くに行って、話を聞くことにした。
「君が、加藤さんだね」
「あなたは、広瀬陽人くん……だよね」
ねねちゃんは、突然陽人くんが自分の前に現れて声をかけてきたから、おどろいているみたい。陽人くんはそんなことおかまいなしに言う。
「月島さんから聞いた。困ってることがあったんでしょ。僕にも聞かせてよ」
ねねちゃんは、少し戸惑った顔をしたけど、せっかく聞きに来てくれたのだからと簡単に陽人くんにあたしが昨日聞いた話とほとんど同じ話をした。
「でもね、昨日ゆかりちゃんと話をして、このままでいいって納得できたから。今はもう、解決したんだ。せっかく聞きにきてくれたのにごめんね」
最後にねねちゃんはそう、つけ加えた。ねねちゃん、あたしが言ったことで納得してくれたんだ。どんなにあたしが言ったところで、ねねちゃんとあたしは別人。ねねちゃんが納得できなければ、意味がないと思っていたの。でも、それでねねちゃんがいいって思ってくれたなら、よかった。
「でも、もし。……もし、バレンタイデーの前日くらいまで、時間を戻せるって言ったら、どうする?」
陽人くんが言う。あれ、陽人くんの声がなんだか、いつもとは違うような……?
あたしがそう思って陽人くんの方を見つめたとき、あたしは違和感を感じた。さっきまで持っていなかったものを、陽人くんは持っていた。
陽人くんの手には、小さな棒のようなものがにぎられていた。魔法使いの物語によく出てくる、杖みたいなもの。それがピカピカ光ってる。
周りを見回すと、さっきまでざわついていた教室がしんと静まり返っていた。
それどころか、陽人くんと加藤さん、あたし以外はまるで時間がとまっているかのように、身動きしなくなってる。いったい、何が起きてるの。あたしの目が、おかしくなっちゃったの?
そう思ったけど、同じことをねねちゃんも感じてるみたい。不安そうに周りを見わたす。すると、陽人くんが低い声で言う。
「他の人に聞かれたくないから、時間を止めたんだよ。でもそう長くは止められない。他にも、魔法を知ってる人がいるからね」
そう言って、陽人くんはいまいましそうに、蒼太くんの方を見る。蒼太くんも、動かなくなっているように見える。でも、彼はいつも一人で本を読んでいるだけだから、本当に彼も時間が止まっているのかは、よく分からない。
「バレンタインデーをもう一度やり直せたら、きみは友達とけんかして別れることもない。さびしい思いをする必要もなくなるんだ」
それを聞いて、ねねちゃんは考える様子を見せた。そりゃそうだよね、時間を巻き戻してくれるのなら。もう一度やり直せるのなら。
それだったら、それもいいのかもしれない。あたしは一瞬、そう思った。傷つくことが一つ減るのだとしたら、それはそれですばらしいことだって。
「時間を戻すなんてこと、本当にできるの?」
「信じてもらえないかもしれないけど、僕は魔法が使えるんだ。今他の人の時間を止めることができているのも、魔法のおかげなんだ」
陽人くんの言葉に、ねねちゃんはうなずく。
「もし、本当に時間が戻せるのなら……。もし、できるのなら……」
陽人くんの顔に笑みが広がる。
「困っている人がいたら助けてあげたいんだ。その人の思う、一番幸せな道を一緒に考えたい。僕が思うに、今の加藤さんには時間を戻してあげることが一番だと思ったんだ。他に何か、こうしてほしいって思うことがあるのなら、かなえるよ」
陽人くんの言葉に、ねねちゃん、なやんでいるように見えた。そんな時だった。
「……よく、考えた方がいい」
別のところから、声が聞こえて来たんだ。
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